機動戦艦ナデシコ REVISION

第二話 狼に拾われた軍人さん










「ブリッジ。状況は?」

外の騒ぎを聞いてエステバリスの中からコミュニケを使ってブリッジを呼び出した
それに真っ先に返事を返したのは、銀髪の女の子だった。

『こちらブリッジ。オペレーターのホシノ・ルリです。貴方は?』

「エステバリスパイロットの です。よろしくね、ホシノさん」

とりあえずにこやかに挨拶する
ルリもつられたのか、

『よろしくお願いします。ルリで結構です』

と小さく頭を下げて見せた。

「で、状況教えて? っていうか今ブリッジって、えっと……ルリちゃんだけ?」

『いえ、艦長とかいるんですけど少々立て込んでまして』

ルリがそう言って自分サイドの音量を上げると、後ろで暑苦しい男が叫んでいる声が飛び込んできた。
ついで老人のような、しかし威厳のある声が艦長に意見を求めている。
とそこで、 はエステバリスのモニター越しにある光景をみて首を傾げた。

「ルリちゃん、エステの発進命令は出てないよね?」

『? はい、出ていません』

「今、エステが一機エレベーターに乗ったんだけど」

『……は?』

の言葉にルリがAI、オモイカネに確認を取る。と同時にルリの周りでは、ナデシコは海中に出てそこから浮上し、反転してバッタやジョロ達を薙ぎ払うという作戦で最終決定したらしい。
ガイが叫んでいたのは、どうやらその作戦に必要な囮に自分がなりたかったのだが先ほどエステバリスでこけた際に脚を骨折したらしく、自分がその役割を出来ない事を嘆いていたらしい。

「……ルリちゃん」

『……はい』

の意図するところが分かったのだろう。
ルリは との通信回線を残したまま、ブリッジの全員に届くように声を上げた。

「囮なら出てるわ」












「エレベーター停止。地上に出ます」

ルリは勝手にエステバリスを動かしているコック、テンカワ・アキトにそう告げて通信を切った。
今はゴート・ホーリーがアキトに指示を送っている。

「というわけで、囮になってもらいました」

通信回線を開きっぱなしだった にそう告げると は、

『お疲れ様』

と笑う。

「ナデシコもすぐに発進しますので、 さんもブリッジに……」

「ねぇルリちゃん? 誰と話してるの?」

出る必要のない をブリッジに呼ぼうとしたその時、ルリが誰かと通信している事に気付いたメグミ・レイナードが隣から覗き込んだ。

「きゃ。ちょっとカッコいいかも……どなたですか?」

の目の前に、ルリのとは別のウインドウで三つ編の髪とそばかすの可愛らしい女の子の顔が映った。

『始めまして。 、パイロットです』

「あ、わ、私はメグミ・レイナード。通信士です」

『ん? メグミ・レイナードって……声優さん? 洋画の吹き替えとかでたまに名前見たんだけど』

「わぁ! ご存知だったんですか!?」

どうやら はメグミの前の職業の頃を知っているらしい。
話が盛り上がりかけたところで、ルリはあるものを発見して再び割り込んだ。

「ナデシコ頭上に連合宇宙軍のエステバリスを一機確認。囲まれています」

「ええっ!? それじゃグラビティブラスト撃てないよぉ! アキトが折角頑張ってるのに!」

ルリの声に反応して悲痛な声を上げたのは艦長のミスマル・ユリカ。

「だから対空砲火で焼き払えって言ったのよ!」

ヒステリックな声を上げたのはキノコヘアーの副提督、ムネタケ・サダアキ。

「でもぉ、それじゃあ結局戦ってくれてる軍人さんも一緒に吹っ飛んじゃうんじゃなぁい? お仲間殺しちゃっていいのぉ?」

セクシーな声だが言ってる事はごもっともな操舵士のハルカ・ミナト。

「しかし、助けようにもテンカワは囮作戦中で既に離れすぎてしまっている」

「だからと言って見捨ててしまうのは後味が悪いですねぇ」

冷静に状況を見ているのはゴートとプロスペクター。
の前に発言者の顔が次々とポンポン出てくるのは、恐らくルリの仕業。

『それじゃさ。俺が出て、助けられそうなら助けてくるよ』

「「「「「「「……え?」」」」」」」

突然聴こえてきた声に驚く一同。
直後、モニターには が大写しに映し出された。

さん。正規のパイロットさんです」

ルリが手短に説明すると、プロスが嬉しそうに手を叩いた。

「いやぁ さん。貴方が格納庫にいてくれましたか!」

『ども。んで、いいですよね? ってかもうエレベーター乗ってますけど』

「おい ッ! 完璧に仕上がってると思うが、無茶すんなよっ!」

ガイをブリッジにつれてきていたセイヤも、 を確認すると嬉しそうにスパナを振り上げる。

「エレベーター、地上に出ます。 さん、お気をつけて」

「頑張ってくださいね〜♪」

最後にルリとメグミの声に送り出された は、そのまま地上に飛び出していった。











「あ〜もうっ! 結局なんなのよ! 大体なんでアイツ整備班のジャケット着てるの!?」

「彼は会長推薦なんですよ。ジャケットの件は知りませんが……そうですねぇ。恐らく艦長と副艦長なら噂くらいは聞いているんじゃないですか?」

突然話をふられて驚いている副艦長のアオイ・ジュン。
ユリカはまったく分からないと首を傾げているので期待は持てない。

…… …… ……あっ! おっ、思い出したっ! あの“天才”ですかっ!?」

そんな中、 の名前を繰り返し呟いていたジュンが驚いたように声を張り上げた。
ジュンの反応に満足げに笑うプロス。

「そう。地球連合大学の貴方達の一年先輩で、貴方達が入学する前に辞めてしまった方ですよ」

「……ジュン君、誰?」

「知らないのっユリカ!? よく先輩達がユリカと比べてた人だよっ!」

「う〜ん……そういえばよく“アイツ”って人と比べられてたような……」

「そうその人っ! 僅か八ヶ月間だけどその間の戦略シュミレーションは無敗。しかも相手が“なんで負けたのか分からない”って口を揃えるほどの天才っていうか奇才だよっ! うわぁ! 僕一度あってみたかったんですよ!」

「そうですか。で、その さんですが、どうです?」

「もの凄い速さでジョロ達を蹴散らしてます。……あ」

「どうした?」

「軍人さん、ピンチです」











地上に飛び出した は、いきなりスタートダッシュとばかりに走り出しながらジョロ数体を爪で引き裂いた。

「ってうわっ! 速っ!」

走り出すと同時にエステバリスの頭に付いていた狼の耳が後ろを向いて倒れ、まるで本当に戦闘態勢になった狼のようになる。
そのままスピードはぐんぐん上がり、行く手を遮ろうとするジョロを次々と引き裂いていく。
両手両足に付いた爪は、殴れば刺さり、蹴れば引き裂く。
近代ロボットでありながら、その戦いはまさに獣。まさに狼だった。

「ブレードは……今回はいいか……見つけたっ」

やがて は目的地付近に到着。
襲われている軍の旧型エステバリスを確認する。
そのエステバリスは地面に倒れ、両腕部を?がれ、両脚部をジョロに取り付かれてまさに絶体絶命状態。
コクピット部分にもジョロが取り付き、今にもコクピットを押しつぶさんとしているのを見た時、 はIFSを強く輝かせた。

「殺させないよ」

そしてエステバリスを最大加速させた は、そのままの勢いでコクピットに圧し掛かっていたジョロを思い切り蹴り飛ばした。
そして脚に付いていた二機を殴りつけてズタズタにし、ワイヤードフィストで近くのジョロを爪に引っ掛けて振り回す。
そうする事で周囲のジョロをあらかた掃討した は、

「軍人さん、生きてる?」

とまったく慌てた様子のない声でスクラップになったエステバリスに声をかけた。

「……た、助けて……」

返事の代わりに聴こえてきたのは、そんな怯えた女性の声。
周囲の警戒をしていた がモニターでスクラップエステバリスのコクピット部を確認すると、装甲は既に剥がれており、そこから艶やかな長い黒髪の少女の涙を堪えているような表情が覗いていた。

「早く乗って」

急いで、しかし機体触れて余計な衝撃を与えないように慎重にコクピット付近にエステバリスの手を差し伸べる
少女が手に乗ったのを確認すると、通信回線をナデシコに繋ぐ。

「こちら 。軍人さんの回収完了」

『ご苦労様です。では浮上ポイントへ急いでください。予定より少々早くつきそうです』

「了解。ありがとね、ルリちゃん」

「いえ」

通信終了。
それとほぼ同時にコクピットのハッチが開き、エステバリスの手の上にぺたんと座った少女と目が合う。

「え? あ、その……連合宇宙軍パイロット、イツキ・カザマです。救助、感謝し…」

「いいから乗って。ほら」

「え? あ、ちょ、きゃっ!?」

何故かヨタヨタと立ち上がって気丈にも自己紹介を始めた少女、イツキ・カザマ。
そんな彼女に を苦笑を零しつつ、身を乗り出して腕を引いてコクピットに引っ張り込んだ。
可愛らしい声を上げて の腕の中に納まったイツキを座席の横に立たせると、 はすぐに座ってIFSに触れる。

「俺はナデシコのパイロット、 。今立て込んでて早く艦に戻らないといけないから、しっかりつかまってて」

「あ。りょ、了解しました!」

「んじゃいくよ」

そして二人を乗せた白いエステバリスは、またしてももの凄い速さでジョロ達を引き裂きながらナデシコ浮上のポイントへと向かった。











結局その後、なんだかんだできちんと囮役をこなしたアキトは、予定より早めに浮上したナデシコの上に半ば叩き落される形で着艦した。
それを追うように の白いエステバリスもアキトの隣に着地。
二機を乗せたままナデシコはグラビティブラストを発射し、残りのジョロとバッタを一網打尽にして初陣を飾った。
そして後日。

「あの……俺、どうなるんすか?」

が助けたイツキは、エステバリスの中にいたとはいえ長時間袋叩き状態だった事もあってあの後すぐに気を失い、 が医務室に運んだ。
どうやら外傷は殆どないが肉体的、精神的な疲労が共に酷いらしく、現在はいわゆる熟睡状態。医務室でぐっすり眠っている。
そんな状況の現在、勝手にエステバリスを動かしたアキトは格納庫でゴートと話していた。
内容は、エステバリスの無断使用に対する処分。
しかしゴートはあくまで元軍人。ナデシコは軍ではないと言う事で、アキトは特にお咎めなしという事になった。その代わり、パイロットを兼任させられる事にはなったが。

「よかったね、お咎め無しで」

そんな会話の一部始終を自分の機体の整備を確認しながら聞いていた は、ゴートと入れ替わるようにアキトに近寄って声をかけた。

「まぁ俺としてはアキトが出ててくれたおかげで一人助けられたんだから、その辺感謝してるけどね」

そう言っていつもどおり柔らかく微笑む に、臨時とはいえパイロットを兼任させられて硬くなっていたアキトの気持ちも解れる。

「ありがとう 。素人だけど迷惑かけないように頑張ってみる」

「迷惑だなんてないない。迷惑ってのはね……」

そう言って が視線を向けた先にいたのは、ゴートとアキトの会話を同じく聞いていて、ゴートが去ったと同時にアキトに絡もうとしていたガイだった。

「勝手にエステバリスに乗った挙句はしゃいで踊りまわってズッこけて足の骨骨折するような人の事いうんだよ♪」

「くぅぅぅぅぅぅっ! くっそぉぉぉぉぉ! 確かに言われてる事がもっともすぎて何も言い返せんっ!」

「あ、あはは……」

「ま、今回はそんな不甲斐無い正規パイロットに代わって仕事してくれたアキトに感謝しないとね? ヤマダ・ジロウ?」

「だっ、ダイゴウジ・ガイだっ!」

明らかに本名で呼ばれるのを嫌がっていると分かっていてあえて読んでいる

「でも皆ヤマダって呼んでるし……いっそヤマダ・ガイとか?」

そんな にいつの間にかノッて一緒になってからかうアキト。

「……お願いですからガイって呼んでください」

最終的に涙まで流し始めたガイ。
さすがに哀れに思った二人は、結局ダイゴウジは無視してただ“ガイ”と呼んでやるという事で落ち着いた。
なんだかんだで仲良くなった三人がそのまま談笑していると、そこにプロスが現れた。

「あ、いたいたいました。 さん」

を探してきたプロスに三人が首を傾げていると、後ろから一人、女の子がついて来ている事に気がついた。
長い艶やかな黒髪の美少女の登場にアキトとガイが唖然とする中 は、

「もう起きても大丈夫?」

と微笑みかけた。

「あ、はい。その……助けていただいて、ありがとうございました」

そんな に少々頬を染めながら真っ直ぐにお辞儀をするその少女は……

「本日付けでナデシコにパイロットとして配属されました、イツキ・カザマです。先輩方、これからよろしくお願いします」

「プロスさん、どういうこと?」

いまだ呆けているアキトとガイを放棄した がプロスに尋ねる。

「目を覚まされてから交渉いたしまして、明後日着任するはずだったパイロットさん達のかわりに三人目の正規パイロットとして契約させていただきました」

「へぇ……」

「ちなみに さんの相方という事になりますので」

プロスの言葉に緊張気味に改めて頭を下げたイツキ。
心なしか、とういうかかなり嬉しそうだ。

「戦闘参加は体調も考慮し暫く先になりますが、これでパイロットが四人で二チーム組めますのでな。女性である彼女に選択権を委ねたところ、ぜひとも貴方の元でと」

「昨日の戦闘、感動しましたっ。脚を引っ張らないよう最善を尽くしますので、よろしくお願いします」

共に笑顔の二人を眺めていた は、有無を言わさないプロスの迫力と、懇願するような瞳を向けてくるイツキに溜め息をついて苦笑する。

「了解です。よろしくね、イツキちゃん」

「はいっ! よろしくお願いしますっ」












「あ、あの…… さん」

「ん?」

「その……イツキ“ちゃん”はやめていただけませんか?」

「え? あぁ……そうだね」

「イツキ、で結構です」

「……そぉ? じゃあ俺も で」

「えっ!? あ、いや、その……」

「どしたの? イツキ」

「……で、では……か、 さんで」

「……ま、いっか」



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