「おはようございます旦那様っ!葉様っ! 朝餉の支度が整いましたよっ」

「ありがとう、途琉(みちる)」

「途琉よ、稟は戻ったか?」

「はいっ! 剛様とお会いになられたそうで、朝餉にお招きになったそうですっ♪」

「それはそれは……では途琉、早くいかんと二厘(ふうり)に剛を独り占めにされるぞ?」

「俺達はもう少ししたらいくから、早くいっておいで」

「っ! はっ、はいっ!」

「……おはようございます 殿、葉。ふふ、まったく微笑ましい限りですね」

「あぁ、おはよう稟。朝から中々気を利かせているではないか」

「だね。おはよう稟。俺達は……もう少し時間を潰してからいくことにしようか」

「そうですね」

「そうだな」

「ふぅ…………いい朝だ」


























なんて、さわやかに始めてみました劉封です。

いきなりの急展開で驚かれたでしょうが実は蓮華ちゃんと思春が呉に帰り、俺が葉と稟と婚姻してから早数年が経っております。

久々のすっとばしで混乱させてしまったかも知れませんが、まぁ大きな変化はなく過ごしてきましたのでクドクドと説明する必要はないかと。

精々、稟が葉の事を呼ぶ時に“殿”って付けなくなったって事が変化っていえば変化ですけど、まぁ打ち解けてくれてるなら何でもどうであろうと嬉しい事なので特に口出しする気はありません。

ちなみにさっきは葉との朝の鍛錬の後でした。

いやもう聞いてくださいよ? 最近だんだん本気で葉に勝てなくなって来てるんです。

男としてのプライドがちょっとアレな感じですが……まぁその分葉が戦場で命を落とす確率が減ってるんだと思えば……うん、そうですよね。

葉も、俺の戦い方はまだまだ見切れないし鍛錬は未だに学ぶ事が多くて自分はまだまだだって実感できるって言ってくれてるし……

ホント、いつの間にか夫を立てる良き妻になりましたよ、この娘。

で、話を戻し……え? 冒頭に聞きなれない名前があったって?

あぁそうでしたそうでした。

え〜、分かりやすいところから説明させていただきますと、剛というのは俺の隊の副隊長だった徐栄君です。

あれから暫くして真名を許しあいまして、そうなるとやっぱり副隊長として飼い殺しみたいになるのも可哀想だという事で武将として正式に月様と詠殿に推挙したところ、これが見事合格。

いやぁ、俺の目に狂いはなかったです。

というか純粋に打ち込みの力だけなら現在軍最強ですし、剛。

単純な力勝負したら完全にぶっちぎりますよ。

で、俺が推挙したって事にえらく感謝してくれた剛は以降俺の事を“兄者”と呼ぶようになり、敬ってくれているわけです。

ただ、結局剛は将として兵を預かるのは拒否してしまったんですけどね。

なんでも劉封隊の特攻隊長扱いが気に入ってるそうでして、後位として俺と同格になってしまうのも嫌なんだそうです。

なんかそんな、硬派で昔気質な“や”の付く人みたいな事を皆の前で言ってくれちゃいまして、結局彼は有事の際のみ将軍扱いになるって事で妥協する事になりました。

まぁ俺の本職は一応斥候なんで、これで何かあったら自分で動けるって事には感謝してるんですがね。

ちなみに葉の事は“姉者”、稟の事は“姉上”って呼んでます。

まぁ俺と二人の関係が関係なだけに、そうなりますね。

で、後の二人の二厘と途琉がちょっと曲者でして……結論だけ言うと二人、あの大喬と小喬なんですよ。

姉の大喬が二厘で、妹の小喬が途琉です。

母様が“結婚のお祝いに侍女とか送るから使ってあげて〜”という手紙と共に寄越してきました。

なんでも賊に父親を殺されてしまって、自分達も慰み者にされそうになったところを逃げ出して劉屋に転がり込んだらしいです。

賊はその後雪蓮さん達が討伐したらしいんですけど二人は帰る家がないって事で、それなら働き口をって事で家に来る事になりました。

本当は雪蓮さんが引き取りたかったらしいのですが、元々引き取った母様が侍女として送ろうと考えていたのと、実家が近いだけに思い出してしまって辛いだろうという配慮があったらしく、こちらに来る事を承諾したそうです。

本来なら雪蓮と冥琳の配偶者なのにいいのかとも思いましたけど、そういう事情なら追い返すのも可哀想ですし、うちは三人とも家事はあんまり得意じゃないですから丁度良かった。

まぁ最近じゃ二人共剛の事が気になっている様子なので、近々剛の家の方に押し付けちゃおうかとも思ってます。

幸せを掴めよ、二人共…………………………でも弓は持つな?

剛の俺の呼び方と相まってヘンな誤解を生むから…………“男の娘”に間違われても知らないよ?

……まぁ俺は仮面なんてつけてないですけど。

で、気になる侍女“とか”の意味がですね……


「クァー」


ご紹介が遅れました、烏の半蔵くんです。

何でも店のゴミを食べに来る烏の巣を探したら、そこからまだ雛だった半蔵くんが落ちていたそうで。

本来なら烏って黒いから婚儀の祝いとかには向かないんですけど彼、銀色なんです。

多分色素の関係でそうなっちゃったんでしょうけど、母様は珍しいし綺麗だからこれは是非って思ったみたいで、二厘に抱かれて一緒にやってきました。

折角なので訓練して各地の劉屋との連絡係にでも出来ればなぁと思ってやってみたんですが……


「いけ、半蔵」

「クァーッ!」

「す、すごいですね半蔵は。藁がまっぷたつとは」

「う、うむ。中々の武を持った鳥だな」


なんかものすごく物覚えが良かったので、調子に乗って攻撃とか教えてみたらこれもまた真綿が水を吸うが如き速さで習得。

人の話している言葉も分かるようで、自分が俺の預かりになっている事も理解しているかのような忠実さを見せてくれています。

もうすっかり忍犬、ならぬ忍鴉。

町の他の烏達からも一目を置かれているようで、最近はそいつ等とよっぱらいの暴動を鎮めたり迷子を親元に帰したりと独自に警邏隊に協力して治安維持活動をし始めたみたいです。

お礼に貰ったものを報告書代わりに提出してくれる徹底振りをみせてくれているので何も文句はありませんが……まぁ、烏って本来ものすごく頭のいい鳥ですからね。

そんなこんなで烏達は今や町の人気者で、特に半蔵は俺のすっかり部下として周知されてるみたいです。

それはいいんですが……いつの間にか俺に『鴉使い』とか『銀鴉の劉封』とか変な二つ名付けられてる事についてはいずれ半蔵と話し合わなければならないと感じています。

目立つな、と。


「クァ?」


……あ、あぁそうそう。

侍女姉妹も現在、月様が俺達に用意してくださったあの離れを少し増築して移り住んでます。

城の敷地内という立地条件にかなりの敷地面積にも関わらずお値段格安!っていうかタダ!

ふふふ……ホント、国会議員も目じゃないですよ。

難点は烏達の集会場になってしまって慣れない人達からすると少し怖い事が一つ。

今でこそすっかり仲良くなられて烏達からも慕われてるんですが月様、初めは半泣きでしたし、詠殿も最初は腰が引けてましたからね。

あとは、城内にあるだけに月様と詠殿、それに霞が良く遊びに来る事。

別に遊びに来る分には構わないんですが……せめて夜は遠慮してほしいです。主に霞。

なんていうか……俺達夫婦ですから夜は…………ねぇ?

月様と詠殿はその辺弁えてるみたいで夜でも結構早い時間に来られて一緒に食事とかするくらいなんですけど、霞はその辺の気遣いが出来ない娘らしく一度酔っ払って、その……行為中に乱入してしまうという事件がありました。

その時の相手が葉だったからまだ良かったようなものの、もし稟との最中だったら間違いなく血みどろの大惨事でした。

……絵面的に。

とは言え稟、なんとか俺と閨を共にする所までは漕ぎ着けたんですよ?

もう自分の中のモラル的に年齢も大丈夫なところまで達しましたし、俺としても葉との扱いが不公平だと感じられちゃうような事はしたくなかったので……

足首のマッサージの後そのままなだれ込むようにちょっと強引に……出来たら良かったんですけどねぇ。

実の所は稟の方から誘われてしまいました。

按摩を終えて部屋に戻ろうとした俺の背中に抱きつかれて……


「…… 殿……わ、私はまだ、駄目……なのでしょうか?」


って。

まぁ、好きな女の子にこんな事言われたら理性飛びますよね?

もう事実上結婚はしてるわけですから別に誰にも遠慮する事もないし。

でまぁ、一応葉とで“卒業”は出来ていたので俺にも若干の余裕は残ってまして、なんとか欲望のままに襲い掛かってアウト、にはならずに終始リードを勤め上げました。

良く頑張った俺、って感じです。

ちなみに葉との最初、つまり“卒業式”では俺、欲望に流されました。

いやだって前回の人生含めると俺40年以上未経験ですよ?

もう感無量っていうかなんていうか……

それに葉、閨じゃホントに可愛いんですよ。

声の感じも態度も仕草も全部が女の子っぽくて……


、様……そ、その……ご存知のとおりの生娘ですが……貴方に、捧げさせてください」


……ですって。

もう辛抱たまらんって感じでした。

多分誰でもアレ見たらそうなると思います……見せませんし、あげませんけど。

もしかしてアレですかね?

こんな時代に産まれ直した俺への誰か上の方の人からの詫びか何かですかね? この幸せ。

とまぁのろけさせていただきましたが、実際のところ情勢はそんなに思わしくありません。

ここ数年で歴史のとおり曹操が世に出始めましたし、漢王朝ももうそろそろ本格的にヤバい感じです。

黄色い布が目印の賊達の噂も流れ始めてもう結構経ちますし、しまいには民達の間で“天の御使いWなんて怪しげな噂まで流れ始めて。

と、まぁそんな時でした。


「急ぎの呼び出しとはまた、常に用意周到な詠らしくもないですね。よほどの突発事項でしょうか?」


詠から緊急に呼び出しが入りました。

で、早速3人で城に出向いたわけですが、詠殿はまだ準備中とか。


「いや、確かにそうかもしれんが、詠はあれでいてそそっかしいところがあるぞ? 実は の採用試験の時も私に“将候補”になりそうな人材を探す程度に力を抑えるように言い忘れていたらしい」


……あぁ……どおりで人が在り得ないくらい飛ばされまくってたわけですね。

って、一歩間違ったら俺も同じ運命辿ってたって事ですか!?

まったく、この体に産まれる予定だった劉封には感謝しないと。この身体能力。

そして詠殿、少し態度を改めさせてもらうかもしれませんよ?


「あぁ、言われて見ればそうですね」

「だろう?」


と、それより……


「詠殿のそそっかしさは置いておこう、二人共。本人がすぐそこにいる」

「「なっ!?」」

「そそっかしくて悪かったわねぇ?」


おおぅ……ヤバイ、ヤバイですよその笑みは。

いわゆるアレです。獲物を追い詰めた捕食者側の笑みです。


「詠ちゃん駄目だよ? 本当は私が行かなきゃいけないのにいつも無理を聞いてもらってるんだから」

「それは 一人よっ! この二人にまで好き勝手言われる筋合いはっ…「……詠ちゃん?」…ま、まぁ今はいいわ。そんな事よりも 、貴方にいつものをまた頼まないといけないんだけど……」

「あぁ、それは構わないが? しかし何故今回に限って急に呼び出したんだ?」

「それなんだけど実は……」

「あ、詠ちゃん。それは私から話すよ」


そこから月様に説明していただいた事情をかいつまんで説明するとこう。

最近噂が広まってきた(といっても随分前から話には出始めていましたが)黄色い布を巻いた賊について早急に(といってももう結構出遅れてますが)対策を練りたいので集まれ、とのお達しが何進大将軍から直々にあったようです。

ですがご存知のとおり月様の容姿などといった情報は極力外に漏らさないようにするのが詠殿の方針。

中央へも何度かいった事はあったらしいのですが、どうやら十常侍の何人かにあからさまな色目を使われたようで……贔屓目なしで美少女ですからね、月様は…………ちっちゃいですけど。

ってかあの人達が女の子に眼をつけたところで……アレ、切っちゃったんじゃなかったです? 違いましたっけ?

まぁそんな事情もあって、これまではどこからどう見ても可愛いお嬢様な月様をこれ以上の下品な目から隠す為にこういった召集には不参加を貫いていたのですが、いくらなんでもそうそう何度も断り続けていては謀反の疑いすらかけられかねない。

霞と葉も官職についてはいますけど、二人そろって根っからの武将なので軍を代表するような場には不向き。

唯一上手く立ち回れそうな詠殿にしても、小さな女の子という点では月様と同じで他の諸侯から侮られてしまいかねないし、どうやら本気で宦官達を毛嫌いしている様子。

まぁ、女の子としては仕方がないですけどね。

そんな状況だったので俺が月様の代役となるべく詠殿が手を回しにまわして官位を与えてもらい、月様配下の都尉としての立場を作り上げたというわけです。

で、それ以降は俺が洛陽に顔を出すようになって……


「ですので、今回もお願いしたいのですが……」

「正直今回はこれまでとは規模が違うわ。急な呼び出しだけど主だった官職についてる人達全員に声がかかってるはず。本当ならこんな時くらい月がいかなきゃいけない事くらい分かってるんだけど……でもだからこそ、いかせる訳にはいかないの」

「へぅ……ご迷惑お掛けします、 さん」

「悪いとは思うけど、でもアンタしかいないの」


お二人とも凄く申し訳なさそうな表情で俺を見てます。

気分的には……妹にお願いされる兄という感じでしょうか?

正直言って…………………………悪くないです。


「月様、詠殿。そんなに畏まらずとも俺はこの軍の武将ですよ。君主の為ならこれくらい苦労でもなんでもありません」


月様達にイタズラされるより俺が行った方がいいですから。

それに俺の性質を考えたらむしろ感謝すべき所なんですよね、実は。

美羽ちゃんと七乃さんは結構頻繁に顔を出してますから同盟相手とのちょっとした会合にもなるし、お隣の馬騰の姐さんに蒲公英ちゃんの様子を伺ういい機会ですし、上辺だけの忠誠を誓う諸侯も観察出来ました。

でも白蓮とは会えてないんですよねぇ……

来られないほど忙しいのか人材不足なのか……

代理の人に宜しく伝えてもらってるし、手紙、というか竹簡でのやり取りはあるんですけどね。

う〜ん……たしか白蓮が今いる北平って河北の……河北?

あ、そうか。

三国志で俺以上に有名な養子のあの人の出身地が確か……となればちょっと白蓮に紹介してみるか……って、今はそうじゃないな。

とにかくまぁそんなわけで、中央への顔見せは実は情報収集の場だと思えばかなり有意義に時間を過ごせるんですよ。


「ありがとうございます、 さん」

「悪いわね、


いえいえ。

もう俺にとっては友達に会いに行くのと同じ事ですから。


「では……劉封、明日洛陽に向かいます」
























「あ、 さん。今回は葉さんと稟さんも一緒にお連れください」

「「「……はい?」」」

「アンタ達一緒に暮らし始めてからずっとこの街出てないでしょ? 月が気を利かせてるんだから、ついでに旅行気分で少し羽を伸ばしてきたらいいのよ」

「あ、それはありがた…「「ありがとうございますっ月様っ!」」…いです、月様」


























……………………………………………………まぁ、いいか。


























「なんや最近ずっとウチがわりくって留守番な気ぃすんねんけど……なぁ、 ?」

「………………すまん」

「……まぁしゃあないかっ! 男と女の邪魔はあんましたないしなっ! 酒で手ぇうったるっ!」

「二厘と途琉に言っておくから、俺達がいってる間は家の酒を好きに飲んでくれ。どうしても駄目なのは二人に言っておくから」

「よっしゃっ! ありがとな っ!」


…………………………しょうがない、か。


























という訳でやってまいりました、洛陽のお城です。

葉はともかく稟は朝廷から官位はないので、二人して城下の劉屋で待ってもらってます。

今回もし美羽ちゃんとか雪蓮が来てたら後で連れて行くって言ってありますし、大人しく待っててくれるしょう……多分。


「半蔵、ここが落ち合う場所だ。なんかあったら呼ぶから、それまでの間自由にしてよし」

「クァッ」


劉屋の前で半蔵を飛ばせてやると、早速空高く羽ばたいて周囲を回り始めました。

仕事熱心な鴉だね、ホント。

それにしてもここのおやじさん、こんなに荒れちゃってる土地じゃ殆ど兵士しか客がいないだろうによく頑張ってくれてるよなぁ。いつもかなりの情報上げてくれるし、ちゃんと労わないと。

で、召集のかかった軍議なんですが……


「……というわけだ。黄巾党なぞ所詮は烏合の衆。各自納める領地にて奴等を食らい尽くせば反乱の良い見せしめになるであろう」


……以上が何進大将軍より賜りましたお言葉でした。

半蔵達を見てる俺からすると“烏合の衆”って結構怖いよ? って突っ込みたくもなりましたが、ようするに、ちょっと規模がでかい賊なんて各自で勝手にしろって事なんでしょう。

なんと言うか……


「流石は元肉屋の娘よねぇ」

「何かと目をかけていただいてるのはありがたいですけど、今回は本当にわざわざ呼ばれた意味がまったく分かりませんねぇ〜」

「まぁ余は良いぞ? 何進は蜂蜜くれるし、こうして兄さまにも会えるしの♪」

「ですよねぇ〜、お嬢様♪」

「……まぁ、おかしな命令出されるよりはいいだろう?」

「まぁねぇ」


……なんで俺が何進大将軍のフォローしてるんでしょうね?

そもそもは俺が言おうと思ってた台詞だったんですよ、肉屋の娘の行は。

と、それよりも……


「にしても雪蓮まで来てるとはまた珍しい。いつもは美羽と七乃だけなのに、今回は何でまた?」


どう考えても真面目に宮仕えなんて考えられない雪蓮がここにいるのには何か理由があるのでしょうか?

もしかしてお得意の“勘”で時代が動き始めるのを嗅ぎ取りましたかね?

あ、ちなみに美羽ちゃんの俺の呼び方が“おにいさま”から“兄さま”に変わっているのは俺が頼んだからです。

“おにいさま”にはいい思い出がないので出来たらと頼んだら快く、『うむ、余も大人であるしの。相応しい呼び方……“兄さま(あにさま)”がいいの♪ どうじゃ?』と変えてくれました。

これで俺を兄と呼ぶ娘は白蓮の“兄さん”、蓮華の“ 兄様(にいさま)”と美羽ちゃんの“兄さま(あにさま)の3パターンです。

異性としてみてもらえないのは寂しいですが、せめて“兄ちゃま”だけはこのままなしの方向でいきたいと思います。

あ、別にどうでもいいですか。

じゃあ雪蓮の話に戻って……あぁ、雪蓮の勘が何か察知したかもって話でしたよね?

確かに歴史のとおりなら黄巾の乱から急速に動き始めるはずですけど……


「ん? 冥琳がうるさいからちょっと出てきただけよ? が月ちゃんの変わりにここに来てるってのは美羽から聞いてたし」


……まぁ、まともな理由なわけないとは薄々気がついてましたけど。


「なら丁度いい。今、葉と稟も一緒に来てるんだ。劉屋で待っているはずだからよって…「失礼、劉封殿」…はい?」


ん? なんだ?


「私は何進大将軍の使いのものであります。董卓殿の代理である劉封殿に話があるとの事で、至急参られたく」

「……何進大将軍が、ですか」

「さようで」


……もしかして俺、目を付けられたとか?

いつもなるべく目立たないようにしてるつもりだけど……それがバレましたかね?

でもまぁ、断るって選択肢は端からありませんからね、これ。


「悪いが先に行っていてくれ。俺はお目通りしてから追いかける」

「ん。りょーかい」

「では、お先に失礼しますね〜」

「まってるぞよ、兄さま」


……なんですか、その即答さ加減と即効とも言える離脱速度。

厄介事は御免ってわけですか…………はぁ……俺だって出来ればそうしたいですよ。

でもここで逃げたら間違いなく反感買うだろうから……


「では、行きますか」


覚悟を、決めましょうかね。

























「……はぁ……参った」


戻る前に残してきた秋蘭へのみやげ物を春蘭と共に探しに来た私、曹孟徳がそんな呟きを聞いて顔を上げると、少し先に見覚えのある顔が歩いていた。


「あれは確か……劉封、とかいったわね」

「…………誰でしたっけ、華琳様」

「……董卓とかいうのの代理で来ていた、劉封よ」


そう。

久しく顔を出していなかった洛陽に今回、流石に何進直々の召集とあらば無視するわけにもいかずに顔を出すと、これまで空席だった董卓の席にはあの男がいた。

どうやらもう何度か代理として顔を出していたらしく、馬騰を含め何人かとは親しげに談笑する間柄のようね。

それでも男なら普段はあまり気にも留めないのだけれど……


「たしか劉封殿、だったわね?」


土産探しにも少々の刺激が欲しかったのかもしれない。

私は、気が付くと先程よりも自分の近くにいた彼に話しかけていた。

近くで見ると……まぁ、可も無く不可も無い顔立ちね。

整ってはいるけれど、全体的に“地味”といったところかしら。


「……あぁ、曹操殿でしたか」


向こうも私に気づくと、さっきまで若干消沈気味だった表情を取り繕って見せる。

……ふむ。中々の冷静さを窺える行動ね。


「夏侯惇殿も居られましたか。軍議中は互いに自己紹介出来ませんでしたけど、姓を劉、名は封と申します。以後、お見知りおきのほどよろしくお願いします」

「こ、これはご丁寧に。 夏侯惇、字は元譲です?」


しかも対応も卒がない。

あの春蘭が思わず丁寧語で返してしまうくらいだから、ほぼ完璧と言ってもいいんじゃないかしら?

しかしだからこそ、


「なにやら浮かない表情をしていたようだけれど、何かあったのかしら?」


聞きたくなってしまうじゃない。

さっきまでの疲れたような表情の理由が。

まぁ聞いたところで……


「あぁ、いえ。そんな大した事じゃないんですけどね……」


素直に答えるはずなどな…「何進大将軍に気に入られてしまったようでして」…は?


「代理で来ている俺でなんの問題も起きていないのだから、俺が取って代わって天水を治めて何進様に尽くせ〜とか仰られるんです。あの人董卓様とも面識あるって言ってましたからそこは半ば冗談だったんでしょうけど。まぁ我々はそういった“派閥”関係には一切関わらないようにしてるので、引き込もうとされるのはわからないでもないのですが…………そこから何故か、自分の愛人にならないか〜とか言われて……」


……あぁ、なるほど。

それは確かに堪えるわね。

あの女、見た目からして淫乱そうだし…………あの無駄に胸元の露出の高い服とか……そこまで大きくないくせに……


「それは災難ね。でも良かったのかしら?」

「……は? 何がです?」

「私が今貴方が言った事すべてを何進大将軍にご報告すれば、貴方の立場も危うくなるんじゃない?」

「あぁ、曹操殿はそんな事しませんよ」


…………は?

何を言っているの、この男は?

つい先程顔を合わせた程度の相手の事を、まるで昔から知っているように……


「曹操殿のお話は常日頃から耳に入っていますから。堂々と自分の道を生きようとしている曹操殿が、告げ口のような姑息な真似で他者を貶めるなんてするはずがない。曹操殿は、“誰であろうと相手を倒す時は正面から堂々と”といった考え方をされるはず…………違いますか?」


劉封は、まるでそれが当然だと言わんばかりに淡々をそう説明してみせた。

媚びるような笑みを浮かべるでもなく、挑戦的に口元を吊り上げるでもなく、ただただ淡々と。

陳留の刺史という役職についてから、媚び諂う男や自分の有能さを私に見せようとする男は嫌というほど見てきたけれど、こんなのは初めてだわ。

劉封自身も官職につく身だという事を差し引いても、自分より上の役職に付く人間に対してここまで“媚びる気”のない物言いをする男がいるとは思わなかった。

まるで書物を朗読しているかのように……


「……そうね、そのとおりよ。おふざけが過ぎたみたいね」


面白い男ね、劉封。

見たところ武も中々のもののようだし……いえ、まだ早いわね。


「呼び止めてしまって失礼したわ。また会いましょう、劉封殿」

「あぁ、そうでした。早く妻達のところにいかないと……失礼致します、曹操殿」

「ええ」


今はまだ、決め手に欠けるわ。

女だったらアレくらいの才があればすぐに声をかけるけれど、劉封は男。

私が例外を作る以上、それ相応の何かを見てからではないとね。


「さぁ。貴方は私に何を見せてくれるのかしらね?」























「?…………春蘭、劉封今、“妻のところに戻る”って言ってたわね?」

「はい! 最後のそこだけは私にも分かりましたっ!」

「……そう。まぁいいわ。じゃあ春蘭、買い物の続きに行くわよ」

「はいっ、華琳さまっ!」


……すでに既婚者とは……侮れないわね、劉封。


























……今日は完全に女難の相が出てたとみました。

まさか何進大将軍の後に曹操殿にまで会ってしまうとは…………鬱だ。

何進大将軍は俺が既婚者だって言っても全然聞いてくれませんし「問題ない♪ 実は前々からWツバメ”を飼ってみとうてな。相手が既婚者だと尚更燃えるぞ」とか言い出すし……

話してる間もずっと横になってるし、あの着崩れがデフォルトみたいな花魁っぽい格好ともはや腰に短い布引っかけてるだけみたいなのを何度も着崩れを悪化させて挑発してくるし……何処の痴女ですかアンタ。

でも馬騰の姐さんに「若い男は片っ端から閨に引きずり込もうとするから気をつけろ」って言われてなければちょっと勘違いしちゃうくらい最初の方は本当に情熱的で蠱惑的で……あの手の誘い方する人は某私塾の先生以来久方ぶりで、ちょっと思い出しちゃいました。

元気ですかね、盧植センセ。

まぁ、元気じゃない所なんて想像も付かないんですけど。

まぁどうにかこうにか誤魔化して逃げ出して、早く葉と稟の顔見たいなぁとか思いつつ歩いてたら、今度はまさかの曹操殿。

あまりに精神的に参ってて、どうしたのか聞かれた時思わず本当の事を洩らしちゃった時は少し焦りましたよ、ホント。

でもまぁこれでもかって言うくらい自分に自信がある人で、男に興味がないってのは調査で分かってたんで、声をかけてきたのは気まぐれって判断してそっけなくしてみたら存外楽しそうにちゃっちゃと話切り上げてくれました。

いやぁ、陳留で調査してくれた劉屋のおっちゃんには今度お礼しとこ。

……なんか曹操直々の襲撃を受けて暫く休業したらしいけど……

けっ! そんな高貴なお方のお口に合うように出来てないっての!

と、やっと付いた。


「いらっしゃいませ……あっ! 劉封様っ! お待ちしておりましたっ! お連れ様はこちらでお待ちですっ!」


でもまぁ……


「おぉ、兄さまっ! こういった店の食事も中々乙なものじゃな」

「お帰りなさいませ〜、 様。お先に頂いてます〜」

「早く呑もーよっ !」


こんな友人達と、


「お帰りなさい、 殿」

「待ちくたびれたぞっ、


大好きな人達と過ごせる時間があるんだから……


「ただいま、皆。お待たせ」


女難なんて、言ってられませんよね?

























「劉封様、ご歓談中失礼します。かねてから噂の天の御使いが、劉備と共に北平の街に訪れたと先程北平の劉屋から知らせが届きました。どうやら兵を少数率いて城へ向かったようだと」


……白蓮……お人好しは程々にするように釘刺しておきましょうか。

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