どうも、現在天水を離れまして武威の街でお世話になってます劉封です。

彼女と離れて気分はちょっとした単身赴任ですが……ってまだ結婚してないからむしろ遠距離恋愛か。

とにかくそんな感じでここまで来た俺なんですが……


「お兄さま助けて〜!!!!」

「あっ!? おいたんぽぽっ! お前卑怯だぞっ!?」


まぁ、こんな感じで何処にいっても何かに巻き込まれる自分に対して少々諦めが入り始めた次第です。

駆け込んできたのは蒼姐さんの娘さんの翠こと馬超と、その従妹の蒲公英ちゃんこと馬岱。

なんかあっという間に馴染んでしまった事は俺の凡庸な顔立ちのお陰なんでしょうけど、まぁその事にはあまり触れないでくれると嬉しいです。

それよりもとりあえず今一番言わないといけない事は……


「……蒲公英ちゃん、お願いだからお兄さまって呼ばないでって頼んだよね?」

「え゛っ!? それ今そんなに重要っ!?」

「少なくとも蒲公英ちゃんが翠から逃げようとしてる理由よりはるかに重要だ。これに関しては俺は、まだ話を理解しないだろう年代相手以外に妥協するつもりはないから」

「そこまで嫌なのっ!?」


ええ、俺あの12人の妹の中で“お兄様”と“兄チャマ”だけはどうしても受け入れられなかったので。

“お兄様”はなんかもう時代を先駆けたヤンデレの匂いがしてたし、“兄チャマ”に関してはもうあれはただのストーカーとしか思えなくて。

え? じゃあ誰ならいいのかですって?

俺の中ではダントツで“兄君さま”と“お兄ちゃん”がトップ2でした。

まぁ見たの自体がもうかなり昔の話なので12人の妹全部の名前なんか覚えてやしませんが、それでもあの頃のそんな小さな拒絶感のようなものは奥底にしまわれているわけで。

まぁ実際は美羽ちゃんもそう呼んでるし、別にどうしても拒否するほどじゃないんですけど……でも蒲公英ちゃん面白いから。


「次にその呼び方をしたら俺は問答無用で翠がやってる蒲公英ちゃんの鍛錬の方にも参加する」

「もう絶対に呼ばないよっ!?」


よし、分かってくれたようで何より。

では暫く蒲公英ちゃんと俺の新しい呼び方について話し合いを……


「なぁ? なんでそんなにその呼び方嫌がってんだ? 別に普通の呼び方だと思うんだけど」


しようとしたところで翠が首を傾げながら聞いてきました。

まぁ蒲公英ちゃんは一人でブツブツと考えているようですし、いいか。


「いや? 別にそこまで拒否したいわけじゃないよ。ちょっと嫌な記憶があるけど別に大したもんじゃないし」

「……え?」

「ただ遊んでるだけ。蒲公英ちゃん面白いから」


あ、翠が唖然としてる。

まぁ最初にあった時から結構誤解を受けてたからなぁ。


「ま、まぁいいや。そろそろ鍛錬の時間だ。ほらたんぽぽ、お前もいくぞ」

「ほっ、たすかったぁ」

「さっきの件はまた後でだからな」

「さ、さぁ! 早く鍛錬にいこうっ!?」


でもホント、従姉妹らしいけど仲が良くて羨ましいです。

さて、じゃあ折角稟と葉と離れてまでここまで来たんだ。

少しは成長して帰れるように頑張りましょうかね。





























よう。あたしは馬超、字は孟起ってんだ。

ある日の朝、いつものように蒲公英と朝稽古してたらお母様が男と寄り添うように帰ってきた時はホント、何事かと思ったよ。

それも男の方がお母様に肩を貸すようにして歩いてきたんで思わず殴りかかっちまったんだけど、軽くいなされちまって。

冷静じゃなかったとは言え結構本気の一発だったから、それを受け流された時はどうしようかと思ったんだけど……


「こぉんの馬鹿娘がっ!!!! ―――――っつぅぅぅぅぅぅっ!」


右拳をいなされたその状態で固まっちまったあたしにお母様からの一喝と拳骨を食らって落ち着いた。

その後親子揃ってその場に蹲る事になったんだけどな……お母様は二日酔いで。

で、紹介されたその男は……お母様の再婚相手じゃなかった。

まぁ冷静に考えてみればそんな一晩でなんてお母様がするわけないしな。

で、紹介されたその男ってのが……


「翠、今日もよろしくな」


天水の太守、董卓の所からきたっていう劉封だったってわけ。

最初が最悪だった事もあって紹介された直後に謝って、今回の劉封…ってか の案内役を任せてもらって、それからすぐに真名を交換した。

、見た目は全然パッとしないくせにやたら戦うのが上手くてさ。

これまであたしが適わない相手なんて一騎打ちじゃお母様くらいだったからちょっと鼻っ柱折られた感じでな。

そしたら の方も、


「蒼さんの娘さんでこんなに真っ直ぐな君なら、喜んで預けさせてくれ」


って言って交換してくれたんだ。

なんか認めてもらえたみたいで嬉しかったな。

で、それから が五胡に関して学びにここに来たって聞いて一緒に対五胡の調練を見て回ってたら、運悪くたんぽぽに見つかっちまって。

散々からかわれたんだけどなんとか が誤解を解いてくれて、そんな事が切欠でたんぽぽも一緒について回るようになって……


「さ、蒲公英ちゃん。始めようか?」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」


今じゃあたしとは別に稽古つけてくれるくらいたんぽぽに懐かれたみたいだ。

あたしも最初の手合わせ以降も結構付き合ってもらってるんだけど、 はとにかく上手い。

力じゃあたしの方が上なはずなのに全部受け流されて、なんか一方的に空回りさせられてるみたいだ。

あたしが勝つ時は大体 があたしの攻撃を受け流しきれなかった時で、正直対戦成績はあんまり芳しくないんだよ。

でもあたしとしては、 みたいな相手と戦う事はあるだろうけど、あんな戦い方が向いてるとは思えないし。

そんな事を考えてたらたんぽぽが、自分に稽古をつけてほしいって に自分から申し込んで、今じゃあたしとの鍛錬よりも に稽古つけてもらってることの方が多いくらいだ。

正直ちょっと悔しいんだけど、でもたんぽぽが自分で鍛錬したいって言い出した事の方が嬉しくて、あたしも に頼みこんだよ。

で、今たんぽぽがどうなってるかって言うと……


「やっ! とっ! ほっ!」

「違う違う蒲公英ちゃん。それじゃあまだ腕の力だけに頼りすぎだよ。残念だけど翠の真似しても腕力が違うんだから」

「え、えっと……」

「ないものを強請ってもしょうがないんだ。力が翠に及ばないなら、それを補う戦い方を覚えないと。まずは得物の持ち方から修正だったでしょ?」

「はいっ! えっと……」


傍目から見た率直な評価させてもらうと、大分強くなった。

ほんの数日の指導だったんだけどマジで見違えるくらいで、今までたんぽぽの面倒見てきたあたしとしてはちょっと複雑だよ、ホント。


「そう。力で適わないならまずは速さ。短く持てばそれだけ振るう速度は上がる。長くてしなる槍ならそのしなりを利用してもいいし、自分の身体の一部を支点に使う事も出来る。自分に合った方法で速さを追求してみな」

「はいっ! せやっ! えいっ!」

「打ち合っている時はお互い、自分が打ち込む隙を探してるものなんだ。それなのに一定の速さと感覚で同じような攻撃ばかりしていたら、それは付け入られる隙になる。蒲公英ちゃんはイタズラとか好きなんだから、戦ってる時も常に相手にイタズラを仕掛けるつもりでやってみるといいよ」

「え? でも真剣にやらないと負けちゃうよ?」

「負けない為にイタズラするの。例えば……いくよ?」


ん? が蒲公英に打ち込んだ?

でもそんな程度の打ち込みじゃたんぽぽだって簡単に……


「おに…じゃなくて さま、たんぽぽの事甘く見てるでしょ? いくらなんでもそんなん当たらないよ」


ほら、蒲公英も余裕で捌いてる。

ん? ……今、笑った?


「よっ! はっ! とっ! てっ! っとと? ――「!?」――はぁぁっ!!」

「えっ!?」

「とまぁ、こんな感じ」


…………しんじらんねぇ。

今、ずっと同じ間隔で威力も駄目駄目な攻撃を繰り返してた が、わざと…たぶんわざと一回空振りしたと思ったら、それまでのが嘘みたいな剣、脚、剣の三連撃。

たんぽぽがまったく対応できずに影閃を弾き落とされた。


「な、何やったんだよ !?」


いくらなんでもそんな軟な鍛え方してない。

そう思って思わず食って掛かっちまったあたしに は笑いながら種明かしをしてくれた。


「戦闘に限った事じゃないんだけど、人間ってね、常に全力を出し切り続けるのはほぼ不可能なんだ。だから打ち合ってる時とか無意識に自分で自分が出す力を調整してる場合が多い。たとえば翠が蒲公英ちゃんの相手をする時、本気で“一撃で決めてやる”とでも思ってないと実際にそんな結果はついて来ないよね?」

「そ、そりゃまぁ」

「さっきの蒲公英ちゃんも同じ。俺の攻撃を受けて“弱い”って思った結果、俺を格下扱いしたんだ。だから俺の単調で弱い攻撃を、半ば馬鹿にしたように受け続けた――“これくらいの攻撃、簡単に捌ける”って」

「……あ」

「後はそこに付け込むだけ。単調で弱い攻撃を単調に軽くあしらってくれてるんだから、いきなり調子を変えて力を込めてやれば相手はすぐに対応できずに―――」

「こうなる、って事か」


なるほどねぇ。

良く考えられてるけど、分かりやすいや。

理論だの何だのってのは苦手だし、正直そんなもんが戦いのなんの役に立つんだって思ってたけど、今 にされたような説明だと理解出来る。

要するに思い込みとか驕りとか、そういった目に見えない隙を作り出して突いてるって訳だな。

理解出来た。理解は。

実際に出来るかって聞かれたら無理って即答するし、やられたらあたし馬鹿だからすぐ引っかかる気がするけど……って、だからあたし との対戦成績があんまりよくないのか。


「いや、翠は多分本能とか感でそんな事感じ取ってると思うよ? だから翠が俺に負ける時も大体、後一歩で逆転みたいな事が多い。純粋に、気がついても対応しようがなかったりもう遅かったり……俺がそうなるように追い込んでるからね。でも、それでも無理矢理覆されるともう俺としてはどうしようもない」

「あぁ。確かに 様ってお姉さまに負ける時、押し切られてどうしようもないって感じの事が多いもんね」

「翠とは純粋に武の才に差がありすぎるからね。純粋に才能の話だけするなら俺は蒲公英ちゃんにも遠く及ばないんだ。だから、出来る事はなんでもする。自分が生き残る可能性を上げる為ならどんな手でも使うよ。たとえ卑怯者って罵られようと」

「なっ!? お前――っ!」

「だって……俺には帰らないといけない場所が……待っててくれる護りたい人達がいるから」


思わず怒鳴りつけようとしちまったあたしに が真剣な目を向けてくる。

言葉を全部呑み込んじまうくらい、力強い気持ちの篭った目で。


「だから俺は、死ねない。一騎打ちに負けようが戦で敗れようが、殺されるわけにはいかないって事だよ。だから、出来る事はなんでもするんだ」


あたしはもうそこで、完全に呑まれちまった。

のその覚悟が並大抵のもんじゃないって、目がそう言ってたから。

だからあたしは、それで納得した。

こいつには自分が卑怯者呼ばわりされようが恥を掻こうが、それでも護りたい人達がいるんだって。

でも……


「……そうやって生きて帰った さまをもし、その待ってる人達が受け入れてくれなかったらどうするの?」


たんぽぽは違ってた。

多分たんぽぽは自分で分かってるんだろう。自分には武の才があまりない事が。

でもだからといってたんぽぽも西涼の馬一族として、武を鍛えてきたこれまでの時間をすぐには否定できない。

だから聞きたかったんだろう。

の覚悟を。


「俺は伝えたよ。俺の在り方を。その上でその人達は俺を信じてくれてる。でも、そうだな。もしそうやって生きて帰った時拒絶されたら……」

「……されたら?」

「…………うん。多分、泣く」


…………………………は?


「カッコつけて皆の前から黙っていなくなって、泣いて喚いて……それで、それから決めるよ」

「……何を?」

「そこから先俺がどう生きていくかを。今は信じてるし大好きだから、拒絶されても護りたいって思ってる。でも……本当にそうなってもその気持ちを持っていられるかなんて、誰にも分からないから。だからそうなったら一度距離を置いて、考えてみるよ」


……わかった。

は多分本当は……普通の男なんだ。

武は並以上だし技術だけなら大陸屈指の実力を持ってるけど、でもそれに誇りは持ってない。

普通に好きな人達と暮らしていければそこにいくらでも幸せを感じる事が出来る、普通の男。

でも今の世の中ではそれが出来ないから。

好きな人達と普通の暮らしが出来ないから。

だからそれが出来るように、戦ってるんだ。


「…………………………うん、わかった」


ん? どうした、たんぽぽ。


「そうだよね。たんぽぽは今のままじゃお姉さまより強くなれない。背中も預けてもらえない。今のままじゃ駄目なら、そういう強くなる方法もあるんだよね」

「……俺から薦めはしないよ、蒲公英ちゃん。ただ、やるっていうなら力にはなってあげる。蒼さんと翠とずっと一緒にいた蒲公英ちゃんなら、使い道を間違えないって信じられるからね」


なっ!?

おまっ、 っ!?

お前何実の…じゃないけど姉の前で年端もいかない妹口説いてんだっ!?

お、おいたんぽぽっ!?

お前も何顔真っ赤にして……


「うんっ! たんぽぽ決めたっ! さま、たんぽぽにも さまの封神流、教えてくださいっ!」


……本格的に弟子入りしやがった!?

仮にもこれまで鍛えてやってたあたしの前でっ!? ……って、はぁ……まぁ、しょうがないか。

あたしじゃたんぽぽを強くしてやれそうにないしな、ってそりゃもう分かってた事か。


「あたしからも頼むよ、 。何度も思ってたけど、やっぱりあたしじゃ無理なんだ。蒲公英に力を貸してやってくれ」


頭を下げたあたしに、たんぽぽも慌ててあわせる。

ってお前、本当なら言い出した時に頭下げるべきだろうが。


「あ〜……あのな二人とも? 力になるとはいった。言ったけどな?」

「だ……駄目、なの?」

「こうまでしても駄目、か?」

「いや、そうじゃなくて…………二人共もしかして忘れてるのか? 俺、五胡対策を含めた有事の際の連携の話をしに来ただけだからその内帰るんだけど?」

「「……………………………………………………あ」」


間抜けな話だよ、まったく。

あんまり馴染んでるもんだからすっかり があたし達馬家の一員とか思っちまってた。

でもだからといって、折角の蒲公英の決意を無駄にするわけにもいかねぇし。


「わかった。長物はあんまり得意じゃないけどとりあえず、出来る範囲でウチの流派の槍術を教えるよ。心構えとか基本的なところをいる間に蒲公英ちゃんに出来るだけ伝える。だから後は、自分でそれを踏まえた戦い方を模索して。本当に助けが必要な時は、お隣さんなんだから来てくれればいい」


…… ……ありがとな。


「はいっ! よろしくお願いします、お師匠さまっ!」





























ヘンな呼ばれ方が増えました。

まさかここに来て初めて、しかも碌に教えられる事がない娘に師匠と呼ばれるなんて……

よっぽど俺の“お兄さまと呼ぶな”が心に残ってたのかな?

でも確かに蒲公英ちゃん、俺の事名前では呼びづらそうだったしいいか。


「じゃあな 。董卓ちゃんによろしく言っといてくれ。後賈駆にも、同じ涼州人として、困ったことがあったら助け合おうぜってな」

「確かに。蒼さんも、何かあったらいつでも言ってきてください」

「おうよ。お前の力は見せてもらったしな。そん時ぁ存分に頼らせてもらう」


って訳で俺の五胡対策研修も終わりです。

月様からそろそろ戻って来いって書状が来た時にはもう本来の仕事は終わってて、蒲公英ちゃんの鍛錬に大半の時間を費やしてましたから。

その甲斐あってか武威の人達も結構馴染んでくれて、今もこうして蒼姐さんが娘さんと姪っ子をつれて直々にお見送りしてくれてます。

つまり蒼さんに翠、そして蒲公英ちゃんという真名を許しあった皆が来てくれたって事ですね。


「その……色々迷惑かけたな。最初の事といい蒲公英の事といい……あたしも、 達に何かあったらすぐ駆けつける。何をおいてもだ。だから、その……ありがとな?」

「こちらこそ。俺自身結構成長出来たと思う」

「そっか。そう言ってくれると助かる」


そう言ってほっとしたように笑ってくれる翠。

結構粗野っぽくみえるけど、言動や行動とは裏腹に結構繊細な所がある普通の女の子なんだなぁと、こういった笑顔をみると思い出す。


「蒲公英ちゃんも、ちゃんと蒼さんと翠の言う事良く聞いて頑張るんだよ?」

「わかってるよ〜。お師匠さまってばお姉さまより厳しい〜」

「何とでもいいなさい。こっちだって大変なんだよ。封神流の槍術はあまり得意じゃなかったからこれまで誰にも教えてなかったし」

「え!? じゃ、じゃあもしかしてたんぽぽが初めて!? やった〜!」


……うん、あまり状況が分かってもらえてないね。


「おい蒲公英。お前が初めてって事は、今の所お前が唯一って意味だ。これ、どういう事か分かるか?」

「おばさま? ん、ん〜っと……」

「はぁぁ……つまり今後お前の槍が の教えてるその流派って奴の槍の程度を測る基準にされるって事だ。そうだろ、 ?」

「ええ、ですから蒲公英ちゃんには頑張ってもらわないと。馬家の有望な若手を一人いただいてしまったようで蒼さんには申し訳ないんですけどね」

「はっ! 気にすんなよそんな事。アタシが翠を育てられたのは、アイツの武がアタシんと同質のもんだからだ。その翠に、アタシ等とは違った才を見せてる蒲公英は育てられんさ。むしろ、お前さんのおかげで馬家はより安泰ってなもんだ。感謝してやっても良いくらいさ」


ホント、姐御って言葉の似合う人ですよね、この人。


「まぁともかく蒲公英ちゃんの事、よろしくお願いします。翠も、よろしくね」

「「おうっ! 任せときなっ!」」


え〜っと、これで別れの挨拶も済ませたし……っていうかホント、お隣さんの感覚なんでいつでも会おうと思えば会えるんだけど、何か言い残した事は…………………………あ。


「蒼さん、一つお願い、というか検討して欲しい事がありまして……」

「ん。なんだい?」

「近くに良い医者の噂とか聞いたときだけでもかまわないんで、検診、といいますか、自分達の健康状態を偶に確認する機会を設けて欲しいんです」

「はぁ? まぁ別にかまわないけど、なんでだい?」


いや、理由は……言えないですとはさすがに言えないですよね。

でもお宅の娘さんが病気で早死する予定ですとはもっと言えないし……


「蒼さん始め、ここの皆さんは元気ですから。多少の体の違和感とかも押し殺せてしまうだろうって思うんです。そうしているうちに治るものならそれでいいんですけど、万が一それでどんどん体が蝕まれていったらって思うと、悔しいじゃないですか。万に一つも病死、なんて武人として後悔しますよね?」


こんな感じの事しか言えないです。


「ふぅん……まぁいいさ。確かにアタシ等じゃ気合が足りないで済ましちまってる事も多いしね。長く戦い続けられるならそれに越したことはない。アタシだって志半ばで散るならせめて戦場がいいさ。分かった、忠告は聞いとくよ」

「ありがとうございます。でも、出来れば散らないでいてください」

「ほ、ほぉう? 中々男前な台詞じゃないか。アタシを口説く気かい?」


おおう? 何とか目論見が成功したかと思いきやの窮地です。

蒼姐さんの眼が完全に俺を捕食しようとしている肉食動物のものになってます。

ここは……


「い、いえ、俺には将来を誓い合った女性達がいるので遠慮しておきます。それでは、またお会いしましょう。翠と蒲公英ちゃんも、またね」


三十六計逃げるに如かず、です。

不利と感じたら素早く撤退。これ、忍の基本。

それにここで蒼姐さん達にこういった以上、もう覚悟は決めました。

後は帰って、月様にお許しを願い出るだけです。




























「さて…………いきますか」






























と、意気込んだ俺だったんですが……


「……………………………………………………はい?」

「で、ですからあの、えと……城内にあった使われていない離れを改築して住居にしました」

「……………………………………………………俺が行ってる間に?」

「は、はい。ですから、今日からそこに住んでくださいね? …………葉さんと稟さんも一緒に」


はいそこです。そこが理解できません、月様。

確かに俺、覚悟決めて帰ってきましたしそうしたいって希望もお伝えする気ではいました。

でも……


「……もしかして俺、この為に一人で武威まで?」

「へぅ……ご、ごめんなさい」


……はぁぁ……やっぱり。

まったく、多分主犯は詠殿と霞なんだろうけど……手際良過ぎですよ。


「あ、あの……お嫌ですか?」


え? あ、あぁ、そうか。

呆れたような顔してればそうも取られる……っていや稟と葉、そんなに身構えなくても……疑われてるみたいでちょっと寂しいから。


「二人とも……それでいいんだな?」


俺の問いかけに神妙に頷いてみせる二人。

なるほど。俺がいってる間にもう話はされてて覚悟を決めたか、もしくは二人の発案……は、ないか。

しかしまぁこうなってくるともう、俺が選ぶ道は一つだけ、か。


「…… さん?」


俺は臣下の礼をとって頭を下げた。


「我が主、董仲穎様にお願いがございます」

「は、はい、なんでしょう?」

「以前南陽から戻った際に婚儀の約束をした事はすでにお伝えしましたが……今日、貴女様の臣下である何雄、郭嘉両名を我が伴侶とする事を、ここでお認めいただきたい」


真っ直ぐに月様の瞳を正面から覗き込んで、俺が決めてきた覚悟を見せました。

気分はおそらく、“お嬢さんを俺にください”と同じくらい……緊張する。

まぁ、それ自体はした事ないけど……


「武人としては葉に及ばず、識者としては稟の足元にも及ばない俺ですが……二人は、他の誰にも譲りたくないし、譲れないというこの気持ちだけは本物です。ですからどうか、認めていただけませんでしょうか」


離れていた間に決めた覚悟は、何があろうと押しとおさせていただきますから。





























「……い、いやいやいやいや っ!? あんた何ボク達の苦労を無駄にするような事言ってんの!?」

「あははははっ! まぁええやん詠! 結果は一緒やろ♪」

「そうだけどっ! それならもっと早くしてくれれば……あぁもうっ! ボク達の苦労はなんだったのよまったくっ!」

「あ、え、そ……わ、私、 の……つ、妻……になるの、か? ゆ、夢じゃないよなっ!? おい稟っ!? お前も聞いたよ……な゛っ!? だっ、誰かあるっ! り、稟が―――」

「なんやまた鼻血かい。そりゃ好きな男からあない―――っ!?」

「? なんだというのです? まったく、こんな人生最良の日に騒がしくしないでほしいものです」

「「鼻血を吹いてないっ!?」」

「え゛っ!? 稟アンタホントに大丈夫なの!? 医者呼ぶっ!?」

「いりませんっ! 人をなんだと思ってるのよっ!? ―――はぁぁ、こんなに嬉しい気持ちになれたのは初めてです。 殿、私郭嘉はこれからもお傍を離れず、貴方と共に月殿を支えてまいります。そして稟としても……貴方のものとして、いつまでもお傍に」

「あっ! っ! 私もっ! 私もだっ! お前から真名を貰った時からもう私はお前のものだっ! 分かっているだろうなっ!?」

「へ、へぅぅ……み、皆さん一回落ち着きましょう? 落ち着きましょうよぉ〜」


…………あれ?

俺が決めた覚悟ってこんな軽くスルーされちゃうんですか?


殿、まだご面倒をお掛けしてばかりですが、貴方の気持ちに全力で応えてご覧に入れます。ですから……離さないでくださいね」

っ! 一度私を受け入れてくれた以上、もう絶対に離さないからなっ! 私をただの女にした責任……そ、その……取って、下さい………… 様」




























まぁ……幸せだし、いいか。















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