「……という訳です。お解りいただけますか? つまり……」

「むぅ……かくかのはなしはむずかしいのじゃ。りゅうほう、せつめいしてたも」


どうも、ただいま袁術ちゃんのご指名に預かりました、劉封です。

何故かどしゃぶりの中を一人で歩いていた迷子の迷子の太守さんこと袁術ちゃんを保護した俺達はただいま、袁術ちゃんの噂と実際身の回りで起きているだろう事を説明しています。


「つまりですね。袁術ちゃんの部下が好き勝手やって民を苦しめて、それを全部袁術ちゃんの所為にしてるって事なんです」

「なんとっ!? わらわはそんなことみとめておらんぞ?」

「だから“勝手に”です。袁術様のお手を煩わすまでもありません、とか言ってきた人間がいたと思うんですが……」

「おおっ、おったぞ! よくわかったのぉりゅうほう。ほめてつかわすぞ♪」


……昔の人は言いました。

“馬鹿な子ほど可愛い”

と。

…………現在それを絶賛実感中です。


「だからその人達がたくさん悪い事をして皆にいじわるして泣かせて、それでそれは全部袁術ちゃんがやった事にしてるんです」

「そうです袁術殿。ですから街の皆さんは自分達を苦しめ…苛めてる人は袁術殿だと思っているのです」

「むぅ……そうなのかえ?」


段々俺と稟の話を信じてくれはじめたのか、街の人代表として母様と親父殿に尋ねる袁術ちゃん。

首を傾げる仕草がなんとも愛らしいです。


「そうねぇ。今日実際に袁術ちゃんに会うまでは正直、もう街を出ようかと思ってたわね」

「封も仕官先を決めたことだし、そちらへ移るという話はありました」


まぁ、そうでしょうね。

各街の状況はある程度分かっているつもりですが、ここは二番目くらいに住み辛そうです。

ちなみに一番のところは目の前の幼女の従姉が統治してるらしいです。


「他にも他の街に行きたい人達はたくさんいます。皆、悪い人達がやった事の所為で袁術殿が皆を苛めて自分だけ楽しい思いをしていると思っているからです」

「わ、わらわはそんなことしてないのじゃ……」

「それでも、です。家臣の悪行はすべて袁術殿の責任となります。それを咎めずにいれば当然、民は貴女がそれを許したと…「ま、まつのじゃ」…は」

「さっきからかくかのいうことはむずかしくてわからないのじゃ。りゅうほう、もっとかんたんにたのむぞよ」


……なんでさっきからこの幼女は俺に通訳を求めるんでしょう?

言葉遣いと態度のギャップが可愛いからいいですけど。


「つまり、袁術ちゃんの部下なんだから、悪い事したら袁術ちゃんが叱らないといけないですよね?」

「うむっ。わらわがあるじであるからの♪」

「で、袁術ちゃんは今までそれを知らなかったから、叱らなかったんです」

「む、むぅ……そうじゃの」

「だから、街の人達はその人達がやった悪い事を袁術ちゃんは悪い事だと思ってないって思うんです。その悪い人達は叱られないでずっと悪い事し続けてますから」

「…………」


あれ? 分からなくなってきた?

う〜ん……これ以上優しく説明するには……


「つまりな、袁術殿よ。好きなものはなんだ?」


華雄?


「はちみつじゃ! わらわははちみつがだいすきなのじゃ!」

「民達にとってのはちみつを、袁術殿の子分が奪ってるのだ。袁術殿が民なら、許せるか?」

「ゆるせんっ! わらわからはちみつをうばうなど、ゆるせるわけがなかろ!?」

「で、この場合許せないのは誰だ? 取ってる奴等か? それともそれに何も言わないそいつ等の主か?」

「りょうほうじゃ! ぶかがわるいことをしたらいさめるのがあるじのつとめじゃろ!?」

「つまり、そういうことだ」


……華雄……案外子供の扱いが上手いです。


「ありがとう、華雄。助かった」

「っ!? い、いやそんな大した事ではない。わ、私もあまり頭の良いほうではないからな。物事をなるべく身近な事に置き換えて簡単に理解する努力をしているんだ……あれで、正しかったか?」

「十分だ。なぁ稟」

「え、ええ。そうですね。物事を身近なものに置き換えて説明するというのは中々効果的でした。正直、見直しましたよ華雄将軍」


稟にもそう言われてまんざらでもなさそうですね、華雄。

さっきまで顎に当ててた手で口元を隠す仕草がなんとも言えません。


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………のうてんしゅ、おかみ…………ふたりはわらわのこと、きらいかの?」


どうやら状況が理解出来てきたようです。

やっぱり現在進行形でここに住んでる二人に意見を聞くあたり、そこまで馬鹿じゃないのでしょうか?

それとも単にこれまであまり発言していない二人を指名しただけなのでしょうか?

……個人的には後者を希望しますが。


「嫌い……だった、が正しいわね。 の調べも聞いたしその根拠も見たし……そうね。これからは私達にも住みやすい街にしてくれないかしら?」

「話を聞いて嫌うなど出来ない。貴女は……これからの人だ」


……さすが母様と親父殿。空気読んでくれますね……俺が関わらなければ。

しかしこれまで散々我侭放題だったこの幼女がそれだけで自分から苦労など買うのかどうか……

稟も考えてる事は同じみたいですけど、やっぱり押せる材料が……

……あ、そうか。


「華雄、なんとかもう一押し、出来ないか?」


こんな時に頼れるのは、稟よりも華雄。

稟は何事も大仰に考えすぎちゃいますからね。


「……劉封……よし」


お、何か思いついたみたいです。

嬉しそうに俺に笑いかけてくれると袁術ちゃんの前に立って……


「袁術殿、考えてみろ。これからも今までと同じだけ蜂蜜が食べられるとしよう。ならば、私達が皆袁術殿の事を嫌っているのと好いているの、どちらがいい?」


程なく、袁術ちゃんは華雄の言葉に後押しされて、“みんなにすいてほしいのじゃ〜! みんなとたのしくすごしたいのじゃ〜!”と泣きながら訴えてきました。

泣かしてしまった事に少し罪悪感は残りますが、これで袁術ちゃんが自分の置かれている現状を理解してくれたのなら良しとするべきでしょう。

泣いている袁術ちゃんを優しくあやしてあげると……


「わらわのまなはみうともうす。ゆるしてやるからありがたくおもうのじゃぞ、おにいさま♪」


…………あれ? なんか今ヘンなものが聞こえたような……

























きょうわらわは、はじめてじぶんのまちにすむたみのことばをきいたのじゃ。

ななのといっしょにはちみつをかいにきたのじゃがあめがふってきおって、ななのはわらわとはぐれてしもうたからなのじゃが……

ゅ!? わ、わらわがまいごになったのではないぞよ!?

ななのがいつのまにかはぐれてしもうたのじゃ!

……あめのなか、ななおがいなくてさみしくてこわくて……ころんでしもうた。

なんだかみじめでなみだがとまらなくなって……

そんなときじゃった。


「君、ちょっとごめんね」


ころんだわらわをだきかかえて、ちかくのみせののきしたまではこんでくれたおとこがおった。

びっくりしてなみだもひっこんでしまったのじゃが、そのおとこ、りゅうほうはじぶんもずぶぬれになりながらわらわにやさしくわらってくれた。


「……乱暴にしてゴメンな」


やさしかったのじゃ。

ななのとはちがう、なんだかあったかいやさしさだったのじゃ。

どろだらけのかおもふいてくれて、みせできがえさせてくれた。

それに……おゆにはちみつをとかしたのみものもくれたのじゃ!

てんしゅとおかみはりゅうほうのりょうしんじゃったのじゃが、ふたりともやさしかった。

わらわのきいていたたみたちとはちがったのじゃ。

わらわのかわりにまちをおさめるといってきたやつらはみな、たみはちからをつけるとすぐによけいなことをするといっておった。

じゃからたみはかいごろすのがいちばんじゃと。

じゃが……ちがうのじゃ。

かくかやりゅうほう、てんしゅたち、それにかゆうはみんなやさしかったのじゃ。

このままではわらわはぶかのやつらにいいようにあやつられたままじゃとおしえてくれたのじゃ。

わらわはえんじゅつじゃとなのったのに、えんけのにんげんにいけんするというきけんをものともせずにほんきでしんぱいしてくれたのじゃ。

じゃが……わらわはいまななのとたのしいのじゃ。

そこにりゅうほうたちもはいるだけでは……だめなのかや?

わらわたちがたのしければ……

じゃがそんなわらわにかゆうはこういったのじゃ。


「袁術殿、考えてみろ。これからも今までと同じだけ蜂蜜が食べられるとしよう。ならば、私達が皆袁術殿の事を嫌っているのと好いているの、どちらがいい?」


これをきいたときわらわは、なみだがとまらなかったのじゃ。

わらわにも……わらわにもななのいがいに、わらわのことをすきになってくれるひとができるかもしれぬ。

りゅうほうたちも、わらわがそうすればよろこんでくれる。

それなら……


「みんなにすいてほしいのじゃ〜! みんなとたのしくすごしたいのじゃ〜!」


わらわはそういってはじめてななのいがいの……りゅうほうのむねでないた。

わらわをだきあげてせなかをさすってくれるりゅうほうは、やっぱりとてもやさしくて……


「わらわのまなはみうともうす。ゆるしてやるからありがたくおもうのじゃぞ、おにいさま♪」


わらわはこのひはじめて、ななのいがいのにんげんにこころからまなをゆるしたのじゃ。

……りゅうほうは、おにいさまでよかろ?

れいはおねえさまよりよほどおにいさまじゃし、なにより……あんしんするからの♪


























その後暫くして美羽ちゃんが探していた七乃さんこと張勲さんが駆け込んできました。

どうやら雨に濡れながらも一軒一軒しらみつぶしに入って聞きまわっていたらしい。

美羽ちゃんに抱きついて涙している七乃さんに、美羽ちゃんは嬉しそうに今までの経緯を説明。

美羽ちゃんが俺たちに真名を許してくれた事を知るとすぐに自分の真名を教えてくれたのですが……


「う〜ん……美羽様の希望ですし叶えたいですけどぉ〜」

「……まさか、現在の袁術軍のほとんどは……」

「そうなんですよ〜。私もなんとか出来ないかやってみたんですけど一人じゃ何も出来なくて〜。結局道化を演じて美羽様を護るくらいしか出来なかったんです〜」


どうやら現状の人員では一気に粛正、というのは難しそうです。


「文官には私の派閥もいるのでなんとかなりそうなんですが、賛同してくれる武官の方の数が少し〜……」


武官……武官かぁ…………武官っ!?


「七乃さん、その武官なんですが……候補のような人材もいないか?」

「は? はぁ……候補がいるにはいるのですが、その……“口利き料”が払えずに一兵卒のまんまだったりしているんですぅ」

「“口利き料”ですか……またえげつない事を」

「まったくだっ! 武官とは本来、地位も名誉も二の次っ! 武と忠誠心がもっともものを言うものであろうがっ!」

「華雄、怒鳴るな。美羽ちゃんはそれをつい今し方まで知らなかったし、七乃さんは自分達二人の身を家臣達の謀略から護る事で精一杯だったろうから」

「そんな事ではないっ! 張勲が悪い悪くないなどではなく私はっ!…「分かっている。小汚く金を稼ぐよりも武官としての誇りを持て。そう汚い家臣の奴等に言いたいんだろう?」…そのとおりだっ!」


よし。華雄はやっぱりそういった真っ直ぐな娘だった。


「なら……美羽ちゃん、七乃さん。華雄にその中で見込みのありそうな人を選んでもらうのはどうだ?」

「おぉ! それはめいあんじゃぞおにいさま!」


さすが美羽ちゃん。

何も考えずに舌足らずに喜んでくれて嬉しいよ。

でも……


「……それはつまり……私達に董卓さんの傘下に加われ、ということですか?」


やっぱり。

美羽ちゃんを護る為に道化を続けられる七乃さんなら、当然そう取りますよね。

でも……


「いいえ違います、七乃殿。我々は袁術軍との同盟を希望しております。無論、現在のではなく、貴女方の手で立て直した後の袁術軍と、です」

「り、稟さん……それはつまり、貴女達は美羽様が利用されていると知っていたと?」

「はい。そちらの 殿は情報収集において右にでる者のないほどの超一流です。我々は 殿のお言葉に従って方針を打ち出し、そしてここがご実家である 殿の里帰りに託けて来ました」

「なんとっ! ではおにいさまははじめからわらわをたすけにまいったのか?」


…………………………な、和むわこの娘。

なんというアホっぷり。


「正確には美羽ちゃんを助けて、ちゃんと美羽ちゃんが収めている状態で同盟を組みたいという事だ。実現可能なようならその為には知恵も貸すし協力もする。幸い、稟と華雄が着いてきている」


……別にその為だって聞いた訳じゃないですけどね。

嘘も方便、です。


「…………証拠が、欲しいです。貴方達董卓軍が美羽様を利用しているんじゃないという証拠が」


……そう来ましたか。

正直、それは予測出来てたんですけど……


「……稟」

「……申し訳ありません。明確に証拠となるようなものは……その……」

「……華雄」

「私が持っているものはこの身一つと金剛爆斧のみだ。差し出せと言われても……」


駄目ですね。

っていうか華雄も稟も差し出す気はないんですけど……


「なら、私達がこのままここに残ればいいんじゃない?」

「うむ。人質、というには少々違うが」


……母様……親父殿……


が万が一にでも貴女達を裏切ろうとしたら、私達を好きにすればいいわよ。まぁそんな事はないでしょうけど」

「あ、貴女は……それでいいのですか?」

「息子の為よ。それに私達としてはこれ以上何が変わるわけでもないしね」

「なんなら監視ついでに食事にくるといい。歓迎する」


結局、俺の母様と親父殿が人質もどきとなる事で七乃さんは俺達の協力を受け入れてくれました。

華雄は勇んで七乃さんに紹介された武官候補達を試験し、がっしりとした大男の楽就と、楚々とした小柄な女性の紀霊という二人の将を発掘。

二人ともいつか体制が変わるはずだと信じ続けて腐らずに仕事をしていたらしく、他に七乃さんが紹介してくれた人達からの推薦もあって即採用となりました。

二人揃って華雄に鍛えられているんですが、実はどうも紀霊ちゃんは楽就くんが好きなようで、自由時間には甲斐甲斐しく世話をしたりと微笑ましい光景を見せてくれてます。

傍から見るとなんとなく美女と野獣ですが、二人を推挙した皆も紀霊ちゃんの片思いは知っていたようで、皆生暖かい眼で二人を見守っています。

いいですね〜。青春ですね〜。

…………俺もいい歳だし、ガンバろ。

で、その前に俺もそろそろ、ちゃんと仕事しますか。

美羽ちゃんと七乃さん、驚いてたけどちゃんと承諾してくれて良かったです。


























「雪蓮、一体どういうことだ?」

「策殿と冥琳だけならともかく儂までとは……まったく訳がわからん」

「はぅぅ……わ、私もご一緒して大丈夫なのでしょうか?」

「しょうがないでしょ。袁術ちゃんが今私といっしょにいる孫家の重鎮達を呼べっていうんだから。ほら、いくわよ」


この日、私の感が告げていた。

“何かが変わる”

と。

そして、最近新しく武将を雇ったと聞いて様子見に行った私に袁術ちゃんは言ったのよ。


「すまんがそんさく。いまなんようにいるそんごのしょうたちといっしょにまたきてもらえんじゃろか?」


って。

あの袁術ちゃんがすまんっていったのよ?

これは何かあると思って私、急いで帰って皆を集めたわ。

付いて来てとだけ告げて道すがら事情を説明したけど、やっぱり皆分からなかったみたい。

なら、本人から話聞くしかないわよね?


「袁術ちゃ〜ん、入るわよ〜」

「おおっ! そんさくか。しゅうゆにこうがいに……おぬしははじめてあうの?」

「は、はっ。周泰と申します」

「そうか。しゅうたいもわざわざすまなかったのじゃ」

「!? い、いえ」


……何? 何なのこれ?

袁術ちゃん……大人びてる?


「……雪蓮、袁術……何か違うぞ」

「うむ。落ち着いているというか……風格のようなものが……」


冥琳と祭も同じように思ったみたいね。

さて、何が出てくる事やら……


「ではほんだいなのじゃが……そんさく」

「なに?」

「ほんとうに……すまなかったのじゃ」


………………………………………………………………………………え?


「おぬしらがりゅうひょうとのたたかいのあと、せんだいをなくしたこんらんをついてごをかすめとったこと……まことにすまなかった」


…………え…………袁術ちゃんが………………あ、頭を、さげ…………た?


「ななのにきいた。おぬしらはわらわをたよったわけではなく、わらわたちがおぬしのすむとちをかすめとったのだと」

「……ええ、そうよ」

「わらわはぶかのものたちのことばをただうのみにしておったから、それをしるのにいままでかかってしまったのじゃ。すまなくおもっておる。そこでじゃ……」


そこまで言うと今まで脇に控えていた張勲と、その隣にいた二人が進み出てきた。


「りん、おにいさま。せつめいしてたも」

「かしこまりました」


張勲と眼鏡の女の子がさらに進み出る。

そんな中袁術ちゃんに“おにいさま”と呼ばれた私よりも年上っぽい男は……


「周泰ちゃん、お久しぶり」

「りゅ、劉封殿っ!?」


……あれ? 明命と知り合いなの?


「しぇ、雪蓮様雪蓮様っ! この方ですっ! この方が思春殿のお師匠様ですよっ!」

「…………はぁ!?」

「お初に御目にかかります、孫伯符殿。不肖の身ながら甘興覇の師を務めさせていただきました、封神流忍術師範、劉封と申します」


こ、この男が思春の……


「じゃああの突撃するだけの猪だった思春を私のところに来るまでにあそこまで育てたのは……」

「私は育ててなどいません。私は技術を教えただけ。育ったとお感じになったのなら、それは思春の努力の賜物に他ならないでしょう」


へぇ……思春と明命が慕うだけの事はあるわ。

あくまでも自分の手柄ではなく思春の努力を認める、か。

男っていうと大体見栄張ったりして小物な印象が強かったけど、この人は本当に例外みたいね。

物腰が落ち着いてて“大人”って感じだわ。


「ん? おぉお主、劉屋の倅ではないか!」

「確かに。いつぞやは大変ご迷惑をお掛けしました」

「……あぁ、貴女達は。只者ではないとは思っていましたが、貴女達が黄蓋殿に周瑜殿でしたか」


え? え? 何々?

祭と冥琳とも知り合いなの?

っていうか劉屋の倅ってどういう事?


「ここの街にある大衆食堂の本店、つまり大元の息子殿だ。以前祭殿がそちらの店で仕事を抜け出して呑んでいるところを発見してな。小言から一気に店内での大喧嘩となってしまったのだ」

「儂は酒が入っていたし、冥琳は興奮しておってな。危うく実力行使になる直前でこやつに仲裁してもらった事があるのですよ」

「え〜? じゃあ貴方と初対面なのって私だけなの〜?」


なんか面白くな〜い!

ぶ〜ぶ〜!


「……あの〜孫策さ〜ん? 話進めてもらってもよろしいですか〜?」


っといけないいけない。


「いいわよ。えっと、郭嘉に劉封、であってるわよね? 話を進めて頂戴」


そしてこの話こそ、私達孫呉の命運を大きく左右する話だったわ。

























「……つまりは……総粛正、か?」

「ええ、流石に周瑜殿は飲み込みが早い。そしてその穴埋めを暫く、孫呉の皆さんにやっていただきたいのです。孫呉の地を……仕事の対価として」


劉封達が提示した話。それはとてつもなく規模の大きな話だった。

つまり、現在の袁術軍は袁家の名を使って私腹を肥やす連中ばかりで、袁術が本格的に現状が当然だと認識してしまう前に軌道修正を図りたい。

それがつまるところの、総粛正というわけだ。


「もちろん、美羽ちゃんが約束を反故にする可能性を危惧するお気持ちは分かります。ですから……」

「私郭嘉と、劉封、華雄の三名が見届け人となります。総粛正後軌道に乗るまで孫家が補佐し、その後呉の地は孫家へと返還をここに袁術殿に誓っていただきます。無論、形に残るように書簡に残して」

「……それでも反故にした場合は、どうするのだ?」

「その時は我々が袁術軍を滅ぼします。何をおいても、です。そしてそれは一時的に袁術軍の中枢を担う貴女方がその立場を利用し、謀略によって袁術殿を排除という行動にでた時にも同じ事が言えます」

「つまり……その場合は貴方達董卓軍と袁術軍が手を組んで孫呉を叩く、という事か?」

「そのとおりです。そして我々が裏切るようでしたら、貴女方で私達を滅ぼしてください」


ここまで郭嘉がきっぱりと言い切るという事は、恐らく本気なのだろう。

天水の董卓軍の人間だという三人の力関係としては、知略の郭嘉、武の華雄、そしてこの話のまとめ役として劉封殿。

つまり郭嘉が何を言い、華雄がどんな行動を取ろうと、劉封殿が何も言わなければそれは承認しているという事なのだと思われる。

つまり……


「将来的にはここにいる三つの勢力が同盟を組む、という事か」

「はい。董卓様はそのおつもりで我らを派遣されました」


……ふむ、なるほど。董卓の人柄が見えてくるな。

これが上手くいけばそこに残るのは限りなく“誰も損をしない、傷つかない”という結果。

しかし冷静によくよく聞くと郭嘉はきちんと董卓軍には約束事を違えれば実力行使の用意もあるという事も言っている。

しかも華雄までここにいるという事は当然、交渉が決裂して荒事になるという予想もあったという事なのだろう。

つまり……董卓は基本的にお人好しで甘く、平和的な解決を望む。

しかし必要とあらば戦う事を辞さないという強さと厳しさを持ち合わせている。

……信用は、出来そうだ。

あとは……


「……袁術」

「ん? なんじゃしゅうゆ?」

「袁術はこの話……本当に乗る気なのか?」


袁術が何処までこの話に本気か、という事。

袁術本人が我々をここに呼び出したという事からも、事前に劉封殿達から打診を受けているのは明白なのだ。

むしろだからこその建て直し総粛正なのだが、実際どこまで本気…


「むろんなのじゃ。わらわはえんけのにんげんとしてたみたちにとってなにがいちばんいいかかんがえなければいけないのじゃ!」

「……袁術ちゃん、それ本音?」

「むろんじゃ! ……あとはななのやおにいさまたちとわらってはちみつをたべたいのじゃ!」


……どう考えてもそちらが本音か。

しかしむしろこれで信用してもいいな。

何せ動機に唯一の忠臣である張勲と、袁術が何故か兄と慕う劉封殿の存在が関わっている。

自分が慕う人間が敵となるやもしれんとなれば、おかしなまねは出来んだろう。



「……雪蓮」

「分かってるわ」


苦笑が何処か楽しそうなところを見るとやはり、雪蓮も同じ考えだったか。


「いいわ、劉封。袁術軍の総粛正、協力しましょう。その後の二国との同盟も、喜んで受けさせてもらうわ」

「ありがとうございます。俺も弟子と戦わずに済みそうですね」

「おぉ〜! かんしゃするぞそんさくよっ!」

「南陽が持ち直したら孫呉の地はきちんと返してもらうわよ?」

「とうぜんじゃ! おにいさまのまえでのやくそくをたがえるようなことはえんけのなにかけてせぬ! ではそんさく、これからはきょうりょくしてもらわねばならぬし、わらわのとっておきのはちみつ、たべるかの?」

「ええ、じゃあ皆で誓いの証として袁術ちゃんの蜂蜜でもいただきましょうか」


結局、我々は土地を奪われた恨みで袁術本人が見えていなかったようだ。

こんな無邪気で素直な子供に悪戯はできてもあそこまで狡い真似など出来ようもない。

南陽を建て直し、孫呉の地を返還してもらい、同盟国を得る。

条件としても、それぞれが収める土地が大陸を分断する線のようでまったくもって悪くないしな。

呉に戻った時の予行演習だとでも思って、精々同盟に値するだけの国にしてやろうではないか。

結局、酒のほうがいいとこぼす祭殿を無視してその場にいた九名は蜂蜜水の入った杯を傾けた。

……ふむ……これは…………さわやかな甘みがなんとも……癖になるかもしれんな。





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