甘寧ちゃん達、とうとう孫家に行く日がやってまいりました。
つまり俺にとっては南陽に戻る日ですね。
何でも指定期限ギリギリまでここで修練を積みたかったらしくて、かなり慌しい門出になってしまいましたが。
え?
どの程度まで育てられたかって?
…………な、なんとかまだ俺が勝てる程度ではあります。
それほど時間があったわけではないので、基礎鍛錬と各種武術を教えられる限り一通り。
でも昔の忍者は火術も使っていたそうなんですが、俺はもちろんそんなものの使い方まで習ってもいないのでそれは除外。
『気合術』と『教門』に関しては、そういったものがあると知ってもらう程度に済ませました。
つまり教えたのはほとんど、実戦で使える格闘術がメインって事ですね。
俺の通ってた道場、基本的に古武術なんでもやってるところだったんでその辺かなり応用利くんですよ。
まぁ思春は槍は使わないそうですし、骨法術と剣術と遊芸にほとんどの時間を費やしました。
あ、思春ってのは甘寧ちゃんの真名です。
俺が本気できちんと教えようとしてるって分かってから、教えてくれました。
と同時に態度もさらに軟化してくれて、今ではちょっと融通の利かない可愛い妹みたいな感じです……たぶん。
妹はいた事がないんでわかんないですけど。
で、皆の修練の話に戻りますが……
他の皆さんに関しても同じようなものでしたが、やっぱり思春と比べてしまうと覚えも遅いし完成度も低いと言わざるを得ません。
のでとりあえず後の修練法を思春に叩き込んでみました。
自分にも他人にも厳しい娘なので、多分きちんと皆を引っ張っていってくれるでしょう。
こっちとしてはもう、追いつかれないように必死でしたよ。
思春一人めちゃくちゃ覚えは早いし元々身体能力は俺より上だしで……
初めてすぐで抜かれるわけにはいかないですからホント、前回も含めた人生で一番必死になりました。
「……それじゃあ……気をつけていってくるんだよ、思春」
しかしそんな日々も今日でとりあえずおしまい。
俺にとっては随分感覚の短い里帰りですが、保護者同伴で面接ってわけにもいかんでしょうしね。
いやぁ、色々感慨深いものがありますね、やっぱり。最初の弟子、見たいなもんですから。
「はっ!
ご指導、ありがとうございました。出来ればもっと色々教わりたかったのですが……」
思春も心なしか少し、名残惜しそうにしてくれて何よりです。
これであっさり『はい、さよなら』とか言われちゃったら俺、結構ショックですもん。
「皆も、思春と一緒に頑張って立派に務めてください。後、思春を助けてあげて下さいね?」
『もちろんですっ劉封様(殿)!』
この人達も皆、よくついてきてくれました。
ただ思春が率いていただけあって女の子が多くてちょっと困った事も多々ありましたけど……色々、ね?
「劉ほ…
殿もいずれは孫家に来られるのですか?」
「……まだお仕えするかどうかは分からない」
「……そうですか……」
まぁ、思春が仕えてるって事で贔屓目で見てしまうかもしれませんけどね?
とりあえず今回は孫策さんにも会わずにおこうと思ってます。
今思春と一緒に会いに行ってしまったら、済し崩しでそのまま……なんて事になりかねないんで。
これまでだって数年間それらしき人には会ってないし、鉢合わせたりはしませんよね。
「じゃあ思春、最後に聞かせてもらいたい事がある」
「はい」
「今日まで俺が思春達に教えてきた戦闘術、率直にどう思った?」
最後にこれ、聞いておかないといけませんよね。
最初の思春に“これ、駄目だ”とか思われてたらその時点で流派設立なんてできっこないですから。
「では僭越ながら……劉封殿に御教授いただいた技術はすべて……相手がどれだけ自分より強かろうとも生き残る、勝ち残る、その為の技術だと考えて私はこれまで修練してきました。多対一の戦闘には些か不向きと考えますが、技術そのものはこの大陸に二つとない“誰でもある程度は強くなれる”巧みさがあると思われます」
…………おぉ!?
まさかの大絶賛!?
「私のように力一辺倒で戦ってきた無骨者にとっては実に魅力的な技術でした」
「それに劉封様っ!
劉封様の教えは私達のように劉封様や御頭みたいな力には到底及ばない普通の人間でも強くなれる素晴らしいものだと思いますっ!」
「わ、私もですっ!」
「俺もっ!
純粋な力だけじゃ駄目だって初めて分かった気がしますぜっ!」
「やり方次第じゃ力がなくても勝てるんだってわかったしなっ!?」
皆も思春の言葉に同調するように声を上げてくれる。
イメージ的にはこう、生徒に慕われる某ロンゲ先生みたいな。
でもまぁ、ここまで言ってくれるならこれから先どんどんこの忍術を広めていけそうですね。
…………ん?
そういえば…………
「あ……流派の名前考えるの忘れてたっ!」
「…………そういえばそんな話をしていました」
思春がスポンジみたいに吸収して強くなっちゃうから追いつかれまいと必死になってて忘れてましたよ!
え、え〜っと……どうしましょう?
「貴方の名前を入れてみればよろしいではないですか」
名前?
名前……俺の名前って……あ、劉封か……
「うん。それじゃあ……封神流、でいいか」
元々の流派の名前と自分の名前の“封”を組み合わせて……随分大仰だけど。
間違っても太公望とかでてきませんよ……ね?
「ふむ。戦い方によっては武神ですら“封”じるから、封神流、ですか…………相応しいと思います」
いや、そんな偉そうな理由はありませんけどね?
まぁ納得してくれるならいいか。
「よし決まりだ。では思春…じゃなくて甘寧っ!」
「は、はっ!」
「甘興覇を本日より封神流忍術師範代とする。一層励んで皆を指導し、共に封神流を盛り立てていこう」
まぁ、暫定的ではありますけどね。
基礎は全部教えたし、これからは皆を指導していかないといけない立場ですから。
「……師範代……」
とまぁ、そんなこんなで一時的に思春達とはお別れ。
とりあえずの成果はあの甘寧を弟子に出来た事と、そんな甘寧を部下に迎えた孫策さんは結構器がデカそうだって事。
今回はないとして、次戻った時はちゃんと孫家の人達も見に行こうっと。
…………それまで何処にも仕えてなければ、だけど。
「……師範代……私が、師範代」
なんと……なんと甘美な響きだろうか。
戦闘術の巧みさを教えて欲しいと劉封殿、いや
殿に申し出た時はまさか、本気でここまで懇切丁寧に教えていただけるものとは思っていなかった。
自分の技術を唯一無二のものとして誇るのはこの世の常。
ゆえに皆、自分の武には自分自身でのみ磨きをかけるもの。
申し出た時も実際は、鍛錬と称して戦闘訓練を繰り返し、あの技術を盗もうと考えていたのだが……
「思春は突破力と攻撃力が高い。今まではそれで良かったかも知れないが、一国の将となって他国の将と戦う事になれば必ずしもそうはいかなくなる。初手の一撃で必殺というのは一番理想的かつ効率的で、そこを目指すのは至極当然。しかしなればこそ、それが通用しない相手というのは必ず現れるんだ。そんなに躍起になって俺を倒そうとする力が有り余ってるならまず、相手の動きを良く見ろ」
「くっ!」
「俺は何手まで連続で出せる?
足の運びは? 剣に癖はないか? 俺の剣を弾いてみたらどうなる? 視線は何処へ向いてる?
初手を繰り出すまでにしていた事を、何故初手が決まらなかったからもう出来なくなる?
隙を探せ。なければ作れ。絶対に勝てないと判断したなら、より多くの情報を引き出して是が非でも生き延びろ。どんなに誇り高く戦おうと、屍をその場に残したらそれ以上の屈辱はないと思え」
このように、本気で自分が実戦で行っている事を私に伝えてくれる。
後から聞いた事だが、基本的に
殿の戦闘術は間諜や暗殺者が使うものらしい。
自分の周りのすべてを武器として、気づかれずに仕留める事と是が非でも生き残る事を最優先とする。
まさに、何が何でも勝ち残る技術としてこれ以上ないほどのものだった。
そんな技術を
殿は、常にご自分で剣や足運びなどに癖をつけ、そこに気が付いて攻撃を繰り出すとそれを変えてまた続けるといったような、下手をすれば自分が大怪我を負いかねない鍛錬法も行って惜しげもなく私に教えてくださる。
常に考え、観察し、把握して、そして仕留める。
そんな当たり前な“癖”を私は、
殿につけていただいた。
蛮勇とも言われかねないただ力を振るうだけの賊上がりから一端の戦闘者へと、短い限られた時間で私を育て上げてくださったのだ。
殿はそれを私の飲み込みの速さだと仰っておられたが、私は
殿の指導法にこそその理由があったと確信している。
現に
殿の指導で、これまでは留守番や宝物庫の管理などしか任せられなかった新米や運動能力の高くない仲間達も劣等感が薄れ、意欲的に強くなろうと努力するようになっている。
この短期間で錦帆賊として動いていた時よりも皆の意欲も実力もかなり高まっている。
今の皆ならば必ずや孫家でも主戦級の働きが出来るだろう。
「そして……私が今、その技術、いや“流派”封神流の師範代……」
何よりの信頼の証と認識するのは、私の自惚れではないだろう。
短い付き合いの、しかも第一印象は最悪だったろう私に与えてくださったこの信頼。
「必ず……必ずやその信頼に応えてみせます。ですから……」
いずれ貴方が孫家に、呉に来てくださる事を願っております。
さて、思春と一緒に南陽に戻ってきてみたわけですが……
「も…モフモフさせていただいてもよろしいでしょうか?」
……猫に敬語で話しかける少女と出くわしました。
いわゆる、エンカウントってやつだと思います。
多分そんな愉快な娘に出会う確率は、冒険序盤でちょっと仲間とはぐれてしまったメタリックでスライミーな生物とエンカウントして尚且つそれを倒して経験地ガッポリ、なくらい確率の低い事だと思います。
そしてそんな輩とはあまり係わり合いにならないほうがいいという事も分かってはいるのですが……
「…………何故にコ○助?」
「はうっ!?」
あまりに衝撃的な格好に思わず声を上げてしまいました。
だってなんか刀っぽいもの背負ってて、しかも鞘の先に車輪……車輪が……
「何者ですっ!?」
って!?
刀抜いてきましたよこの娘!?
「っと!?」
間一髪でその刀を掻い潜って反射的に顎に拳を……って振りぬくな俺っ!
ってな具合でどうにか止まりました。
絵的にはどこぞのバトル漫画のような状態ですが、結構状況がつかめてません。
「……参りました」
しかもなんか一方的に降参された!?
「いや、別に君をどうこうしようとしてたんじゃなくて、何をしてるのか見ていただけなんだけど……」
「へ?
…………は、はうぁっ!?
しっししし失礼しましたのですっ!」
「いや、構わないが……で、君は何を…「グゥゥゥゥゥゥゥ」………」
……なにやら随分と盛大な腹の虫でしたね。
「っ!?
……あうぁぅ……」
「…………おいで。何かの縁だし、何か食べながら話を聞こう」
お猫様とお話をしていて、素敵な出会いがありました。
劉封殿という男性なのですが、とても強くて優しい方です。
「どうかな?
味は」
「はいっ!
とっても美味しいですっ!」
間違って攻撃してしまった私を、お腹がなったからという理由だけでお食事につれてきてくださいました。
しかも場所はあの“劉屋”です。
兵達の間で早い、安い、美味いと凄い人気の丼専門のお食事所。
しかもどの町に行っても同じ味が食べられる素晴らしいお店です。
お代は劉封殿が私の分も持ってくださいました、というか払わなかったです。
というか……
「こっこれは劉封様ではありませんかっ!もうお戻りになってたんですかっ!」
「あ、おじさん。ついさっきね。次の目的地の通り道だから。もうちょっと家に戻らないつもりだから、俺がいる事は黙っててね」
「わかりました。あ、そちらのお連れの方のお代もいただきませんので、どうぞごゆっくりしていってください。
これまでの“調べ”のまとめ、取ってまいりますんで」
「ありがとうございます」
「あっ、ありがとうございますおじさんっ!」
「いいよいいよお嬢ちゃん。では、ちょいと失礼いたします」
……劉封殿、なんでも“劉屋”本店の親方さんのご子息なんだそうです。
本店の場所は町の丁度反対側ですが、まだ用事があるので帰らないって仰ってました。
ご本人は将来的にもお店を継いだりとかする気がまったくないそうで……もったいないです。
「にしても君が周泰だったなんて……結構世の中狭いもんだね」
「?」
「あ、いや、気にしないで。こっちの話だから」
「はぁ」
そう言って暫く考え込まれていた劉封殿。
な、なにかじっと見られているようで……あぅあぅ……恥ずかしいです。
「そうだ。周泰ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「は、はいっ!
なんでしょう?」
「君の剣、なんだけど……それを鍛えた人、この町にいる?」
私の剣、というと……魂切ですね。
「はいっ!
すぐそこの鍛冶屋さんがちょっと変わった方で、面白い武器ばっかり作ってる方なんです。その方が鍛えたものだそうで、私が買った時にこの鞘も作ってくれました。とってもいい人ですっ!」
ちょっと変わったお姉さんでしたけど。
なんていうか、豪快な感じのお姉さんでした。
「悪いんだけど周泰ちゃん、食事が終わったらそこに案内してくれないかな?」
「はいっ!
お安い御用ですっ!」
ってな感じで猫好き娘の周泰ちゃんに、日本刀らしきものを鍛えられる鍛冶屋さんに連れてきてもらいました。
今になって気が付いたんですけど俺、何にも持ってないんですよね、武器。
そんな所にコ○助…もとい、周泰ちゃんとの出会いはまさに渡りに船でした。
まぁ別に探したりしてたわけじゃないんですけど、目の前に忍者っぽい娘とコ○助風味な日本刀らしきものを見せられたら、ちょっと見つかりそうかもって期待してもおかしくないですよね?
「つきましたっ!
ここです劉封殿」
元気良く紹介してくれるのはいいんですけど……用事があるならあるって言ってくれればいいのに。
店の前までつれてきてくれたと思ったら申し訳なさそうに走り去っていきました。
……やっぱあの車輪、転がるんだ。
とまぁそんな訳で一人でご紹介頂いた鍛冶屋さんにはいったんですが……
「ごめんください」
「……んあ?」
なんか超絶ラフな格好の女性が机に突っ伏して寝てました。
顔を上げると、なんかもう完全に貴方髪の毛うっとおしくなって適当にやったでしょって感じに布巻いた頭がこっちを向きました。
無言で立ち上がって近寄ってくる……ってちょっと!?
貴方その服装はいくらなんでも際ど過ぎじゃないですか!?
「……ん〜……ん」
背中ぱっくりな、ほとんど前掛け状態の上着はまだいいとして、下は完全に下着が見えてます。
まぁ大きな布巻いてスカートみたいにしただけなんで当たり前なんですが……ちょ、ちょっとそそられます。
「……お前……なんか面白い話持ってきたな?」
散々無造作に俺の顔覗きこんだボッサボサの美女の結論。
「……面白いかどうかは分からないけど、変わった事を頼みに来たことは確かだ」
「……へっ!
いいぜ、話してみろよ!
どんなもんだろうがお前の予想と想像の斜め上ぶっちぎったモン鍛えてやるぜ?」
……やばい……俺、この人結構好みです。
なんかこう、嬉しくてしょうがない時の顔が男の子っぽい女性って魅力的だと思いません?
「ほらほらっ!
さっさと言えよっ!何もったいぶってんだ? なんなら、あたしが苦労しないとお前の斜め上いけそうにないもん注文してくれたら、あたしを抱かせてやってもいいぜ?
だから早く言えって!」
うっ!?……ま、まさかこんな美人と“卒業式”の機会を得られようとは……
で、でも……
「……抱く抱かないは……この際はいい。問題は、俺が望むものを貴女が鍛えられるか。ただ、それだけです」
ぶ、武士は食わねど高楊枝……
そんなガッついた真似は出来ません……はい、ただのヘタレですすいません。
まぁともあれ、そんな訳で俺もついに武器を手に出来る機会が出来ました。
忍者らしい武器をここでゲットしたいと思ってますので……
「よろしくお願いする」
「……へっ!
上等だっ!
この身体が振られたんだ。あたしを振ってでも誰もがほしいと思えるもん、きたえてやろうじゃねぇか!」
……あ、もしかして俺、やっぱちょっと損したかも。