Jack the Ripper on the Field

Monster





















有希の騒動の翌日。
合宿最終日の仕上げとして桜上水中サッカー部は、合宿前に練習試合を行った相手である国部二中まで再戦にやってきた。

「着いたー。国部二中」

「合宿、あっという間だったなぁ」

「この間は引き分けたけど、今度は勝って本大会に向けていいスタートきりたいよなぁ」

そんな雑談をしながら校舎へと向かう一同だったが、皆その視線は一人の少女へと向いていた。
言わずもがな、唯一の女子であるマネージャーの有希だった。
それもそのはず、有希は……

「何よぉー」

その長かった髪の毛をバッサリと切り落とし、一晩ですっかりボーイッシュな感じになってしまっていた。
自分が切った有希の髪型を自画自賛する夕子をよそに長くて綺麗だった有希の髪を惜しむ高井達だったが、有希自身は特に気にしてはいないようで、受け答えはサバサバとしたもの。
しかし前日の騒動を知らない杉太の、

「分かった! 失恋だっ! 誰だ相手はっ!?」

という無神経な一言には、

「してないっ!」

容赦のない拳で返答する。

「もー! どうして女が髪切るとそればっかりっ! これは私なりのけじめよっ! これからは前向きに自然体でいく為のセレモニーみたいなもんっ!」

憤慨した様子でそう言い捨てて先を急ぐ有希の視線の先には、後ろでおきていた一悶着など聞いていなかったかのようにスイスイと歩く
戦術ガイドのような本を片手に歩く大地の横で、竜也と将と一緒に彼の質問に答えていた。
そこに追いついていって、先ほどの杉太に対する態度が嘘だったかのような笑顔で の隣に並んだ有希。
そんな姿を見ていた高井達は未だ殴られた顔を抑える杉太の肩を叩いて、

「それだけは禁句だったな」

「馬鹿な奴」

「お前が悪い」

「デリカシーにかけてますね」

哀れみの一切篭らない言葉をかけて突き放し、国部二中のグラウンドへと急ぐのだった。























練習試合開始直前。
相手の監督であり、現役時代の後輩でもある雨宮との挨拶を済ませた松下は、全員にスタメンを告げる前に を呼び出した。

、いきなりで悪いんだがお前はスタメンから外す」

「あ、はい。分かりました」

最初にスタメンの中に名前を入れた相手に非情な宣言とも取れるそんな松下の言葉にしかし は、さして気に病む様子も無く頷いた。

「……随分あっさりだな。理由を聞かないのか?」

の態度に逆に驚いてそう聞いた松下。
そんな問いかけに対する返事は、とても中学生の答えとは思えないものだった。

「それが監督の意向なら、従うのが選手ですよ」

「……悔しくはないのか?」

「まったく、といったら嘘になりますけど。使ってもらったところで力を出し切る。ポジションはそうする事で掴むものだと思ってますし、逆に一度の練習試合と合宿だけで簡単に取れてしまっていいものじゃないと思ってました。チーム事情でスタメンの大地とかポジション適正で外れた高井と違って、俺はまだチームとの連携面じゃ五味より心もとない気はしてますし」

苦笑いしながらそう言って、さして気にしていない様子の

(……変に気を使うだけ余計だったか。流石この歳で海外で揉まれてただけの事はある)

そんな の意識の高さに舌を巻いた松下は、

(……煽る必要はまったくなし、か。まったく、指導者泣かせのいい選手だよ)

最初はわざと伝えずにおいて向上心を煽るつもりでいたスタメン落ちの理由を話すことにした。

「そういった事情は関係ない。実力は勿論、連携も問題ないレベルだよ君は。特にゴールキーパーの不破は君に絶対的な信頼を置いている。公式戦なら誰よりも迷うことなくスタメンで使うんだが……これは練習試合だろ? 今回の事でスタメンを外れた五味や、高井とスタメン争いする事になる外山や田中達もきちんと見ておきたくてね」

「はい」

「そういった面で見た場合一番“見る必要のない選手”である君を、今回は外させてもらったんだ。何せ、君の力はこれまで見てきた以上に“見る機会が多かったから”ね?」

松下のその意味深な言い方に、自分の経歴が知られている事に気がついた

「……ばれてましたか」

「別に隠してもいなかっただろ? 言わなかっただけで」

「まぁそうですけど」

肩を竦めて苦笑する に、苦笑い返した松下は、

「じゃあそういうことだから。今回の練習試合は後半以降からって事でよろしく頼む」

そう言ってウォームアップの為に集まり始めた風祭達にスタメンの変更を伝えにいった。
の時とは違い事情を伝えなかった為皆に少なからず動揺が走ったが、後ろから追いついた 自身の、

「皆がだらけてる様ならすぐに代わって貰うから」

という本気とも冗談とも取れない満面の笑みとセットになった言葉に気持ちを切り替えた。
特に今回 に変わってスタメンとなった五味は、いつもは分かり難かった表情が明らかに気合に満ちており、松下にとっては嬉しい誤算となり得る空気を醸し出していた。
またそれに触発された野呂と花沢、田中、外山、古賀等も練習試合とは思えないほど真剣な表情でウォームアップに望んでおり、

「皆、いい感じに気合入ってますね」

前回の試合ではどちらかというと不甲斐なさを嘆いている事のほうが多かった有希も嬉しそうに、期待に満ちた目でポジションに散っていく選手達を見つめていた。
そして五味達DF陣や初試合となる大地、さらに外山に何か声をかけている を見ながら松下はボヤく。

「ははっ……ったくどいつもこいつも、もうちょっと楽に監督やらせてくれんのかねぇ?」
























ホイッスルの音が鳴り響き、試合開始。
国部二中のキックオフで始まった試合は、いきなりの急展開を見せる。
ボールを受けた相手MFが前線のFWへと蹴りこんだロングボールを古賀がカット。
すぐさま横についた森長にそのボールが渡り、その前を水野がボールを受けるかのように動く。
マークが水野に視線を走らせたその瞬間、森長はその水野の頭上を通り越してシゲへとロングボールを入れた。

「ナイスパス! 森長!」

長身のシゲは走りこんだその頭の高さにピンポイントで入ったパスを、わざと声を出すことで注意をひきつけたDFを引き連れた状態で後ろに駆け込んでいた水野へと折り返す。
そしてシゲに二人のDFがひきつけられているという事から導き出される結果とは……

「なっ!? あの9番速いっ!」

「いつの間にっ!?」

合宿中に掴み取ったスペースへの飛び込みを実戦する風祭。
水野がそれを見逃すはずも無く、ノーマークでGKと1対1になった風祭がそのままゴールに蹴りこんで得点。
前半開始30秒で簡単に相手の意表をつく攻撃によって1点をもぎ取った。

「やったー! 水野くんナイススルーパス!」

合宿でやってきた事の成果をいきなり発揮出来て素直に喜んでいる風祭に、水野も表情を和らげる。
とはいえ試合はまだ始まったばかり。
得点後も主導権を握り続けている桜上水だったが……

「あぁまたっ! 相手はちゃんとポスト対策してるわね」

「だね。シゲがあそこまで自由に動けないくらいなんだから、相当練習してきてるよ」

「うぅ〜……なんか風祭くんがずーっと前線で孤立しっ放しみたいな……」

ポストプレイヤーであるシゲにDF2人がきっちりとマークについていて、自由に仕事をさせていない。
その所為でボールの供給を立たれてしまった風祭が孤立してしまっており、また国部二中も、試合前に気合十分だった桜上水DF陣の堅実な守備に攻めあぐねている所為もあって試合は完全に膠着状態。

「しかし……ウチのDF陣もなかなかな仕事っぷりだな。それに外山も、代えたくなくなるくらい良い動きしてる」

相変わらず苦笑いしたままの松下が見つめる先には、相手の右サイドからの攻撃を尽く潰している外山の姿。
スピードに乗って突破しようとしてくる相手に途中から並走し、引き剥がされること無くきっちりとマークに着く外山は相手に何もさせず、相手が突破できずにいる間に味方と挟撃してボールを奪っていく。
そして自分では攻め上がらず、森長に託して自分はそのスペースを埋めながら守備に徹する。

「確かに攻め上がるなとは言ったが…… 、何か言ったね?」

そんな見違えるような動きを見せられた松下は、すぐに開始直前に外山と話していた相手である が何か関わっているのではないかと目星をつけた。
も隠すつもりはないらしく、自分にも聞かせろといわんばかりに試合から視線を外して見つめてくる有希に苦笑を零して口を開いた。

「ちょっとしたアドバイスですよ。サイド攻撃をする側がやられると一番嫌な事は、敵にフィールドの内側に常に張り付かれる事なんだって。だから極端な話、相手をライン側に置いたまま並んで走ってるだけでも結構なプレッシャーになるんだよって言ってきました」

「……なるほどね」

「でもそのアドバイスだけでアレだけ出来てるって事は外山の奴、実はDFとしてのセンスはそこそこあるって事じゃないの?」

「そうだね。現状だと守備とポジショニングは外山の方が上。攻撃に関しては高井だろう。足は僅差で高井に分があるが、上手く併用すれば相手にとっては驚異だろうな」

「最初から攻撃的にいく時は高井をスタメンで使って外山で逃げ切る、とかですね」

「あぁ……さて、前半は後何分かな?」

戦術談義の途中での唐突な松下の問いかけだったが、有希は動じることなく時計を確認した。

「あと5分です」

それを聞いた松下はニヤリと笑い、そして……

「よし……高井」

「は…はい」

「お前の出番だぞ」

緊張しっぱなしで会話に入ってきていなかった高井に声をかけた。

「右の外山と交代だ」

しかし高井にはその言葉も、半分程度しか入っていない。
一度降ろされたスタメンに返り咲く為に挑戦中の新しいポジションでの初試合。
これまで散々練習してきたんだという自身と、しかしもし失敗したらという不安が緊張と入り混じり、頭の中が真っ白になってしまっている。
ここで失敗してしまったら自分はWBでも生きていけないのではないかという不安が次第に勝り始め、それに押しつぶされそうになった時、これまでどちらかというと放任主義だった松下が声をかけた。

「失敗したっていいんだ。いや、失敗しろ。何度失敗してもいいから、これまで本気で努力してきた事を思いっきりぶつけて来い。結果なんてのはな、高井。その本気さについてくるおまけみたいなもんだ」

そんな言葉に憑き物が落ちたかのようなさっぱりとした表情を見せる高井。
その表情でもう大丈夫だと悟った松下、有希、そして は互いに顔を見合わせて一つ頷くと、

「頼むぞ……」「いってきなさい……」「頑張ってこい……」

『スーパーサブ!』

それぞれそう言って高井の背中を押した。
そして気合十分でピッチに駆け込んでいった高井と交代で戻ってきた外山も、

「ごくろうさん」

「ナイスディフェンスだったわよ」

「上出来上出来」

と笑顔で迎え入れる。
外山自身そう長くはない時間ながらも手ごたえはあったらしく、体力的には消化不良気味だったがとても晴れやかな表情だった。
そしてそうこうしている内に前半終了間際。
森長から水野にボールが渡ったところで、相変わらずシゲのポストプレイを警戒している相手をあざ笑うかのように高井が無人の右サイドを駆け上がってパスを受けて、

「行っけーーーーーーーーーー!!!!」

ゴール前に絶妙なセンタリングを上げ、それに反応した風祭が頭から身体ごと飛び込んでいってゴールネットを揺らした。
そして桜上水の2点目が認められ、リスタートしたところで前半終了。
采配が尽く的中した桜上水中は、2対0というスコアで前半を折り返すこととなった。

























「なるほど……すぐにサイドの選手を代えなかったのはこちらにマークの修正をする暇を与えない為か。守備力の高く、ディフェンシブな選手からいきなり足の速いオフェンシブな選手に切り替えるとは……流石、松下先輩ですね。天城、後半からいきますよ」


























ハーフタイム。
試合前に見かけたお年寄りが具合悪そうに日差しの中立っているのを見た風祭は、夕子から日傘を借りてそれを渡そうとフェンスの外を小走りに走っていた。
すると、

「さわんじゃねぇクソババア!」

そんな程度の低い罵声をそのお年寄りに浴びせる男子生徒の姿が目に飛び込んでくる。
あまつさえ座り込んでいるそのお年寄りを蹴り飛ばそうとしたその行為はどうにか飛び込んで止めたのだが、その男子生徒の矛先は飛び込んできた風祭自身に向いた。

「お年寄りに何てことするんだっ! 最低だぞお前ら!」

身体の小さい風祭の、そんな言葉にあっけなく沸点を迎えてその理不尽な怒りのままに殴り飛ばす。
そして尚も倒れた風祭を蹴ろうとした男子生徒だったが……

「お年寄りと他校の生徒に対する暴行傷害は、中学生とはいえ警察が介入するよ?」

そこに がいつの間にか入り込み、そう言いながら蹴ろうとする足をスパイクのまま踏みつけた。

「いってぇっ!? な、何しやがんだテメェ!」

踏まれた足を痛がりながらもなお食って掛かる不良その一だったが、 はそんな事などお構い無しに言葉を続ける。

「あ、死ねって言いながら蹴ろうとしたんだから殺意有りで殺人未遂だ。そうなるともう警察どころがメディアまで出てくる騒ぎになる可能性が高いね。連日行われる最近の中学生のモラルの低下に関する報道と、あと君たちの家にも連日連夜マスコミが詰め掛けるね。ご愁傷様だ。自分の言動には責任を持ったほうが良かったね」

あくまでも淡々を告げられる罪状と予想される事態を完全に信じ込んで後ろにいた二人は完全に青ざめてしまって後ずさってしまっている。
しかしただ一人、最初から最後まで自分がすべての“罪”を犯している不良その一だけは、表情こそ優れなかったものの引っ込みがつかないようで、

「しっ…しらねぇよそんな事っ!」

と虚勢を張ってもう一度、風祭を蹴ろうと踏み込んだ。
呆れつつも が風祭を庇うために相手の足の軌道上にスパイクのまま足の裏を投げ出した次の瞬間…


パァァンッ!!!!


鋭い破裂音が突如その不良の真横で起こり、遅れてサッカーボールの残骸が飛び散った。
最早破裂音というよりも爆発音に近かったそれに腰が引ける不良達。
と、そこに金網を飛び越えて長身の、眼つきの鋭い国部二中の選手が飛び込んできた。
その選手が出てきた事でさらに腰の引ける不良達。

「相手を選ばなきゃ自分の態度も維持できないなら、やめたほうがいいよ? カッコ悪いだけだから」

涼しげな視線を横目で送りながらそう言った だったが、彼等にはそれすら聞こえていないようだった。
そしてそこから先は打って変わって、飛び込んできた選手による不良達への圧倒的な暴力。
天城と呼ばれたその選手は足だけで全員を倒し、さらに容赦のない追い討ちをかける。

「ぼっちゃまいけません! 燎一ぼっちゃま!」

そんな老女の制止も聞かずに足を振り回す天城。

「お〜お、派手にやるなぁ」

しかしそれを自業自得とばかりに眺め、老女を庇う位置に移動した の横で、立ち上がった風祭が動いた。

「もう十分だ。これ以上はやりすぎだよ」

自分を殴った相手を庇うように立ち塞がり、真っ直ぐに天城の目を見ながらそう言って制止する風祭。

「邪魔だ。どけ」

「いやだ」

脅しの言葉にも、蹴ろうとする動作にも動じずそこを動かない風祭。
そしてそれを見た老女も今度こそ声を張り上げ、自分の事を思ってくれるのなら恩人である風祭に危害は加えないで欲しいと訴える。
そんな訴えを無言で聞き入れて風祭の横を通り抜けて老女を立たせた天城。

「だから出歩くなと言ったんだ。大人しく病院に入っていろ」

「すみません、すぐに戻ります。ぼっちゃまの勇姿をみたらすぐに」

そう自分の身に起こった事など何も気にしていないように微笑む老女に、天城の表情も若干柔らかくなる。
そんな様子をただ見ていた がもう大丈夫だろうと背を向けた時、もう一波乱起きた。

「どういうつもりだ、お前」

老女が強い日差しの中辛いだろうと風祭が差し出した日傘を、天城が払いのけたのだ。
そして、老女が辛そうだったからと言う風祭に向かって、

「反吐がでる!」

冷たくそう吐き捨てた。

「あいにく俺は他人の厚意は信じない。無償の好意なんて嘘くさい。所詮人は損得勘定で動くのさ。お前も、ただ他人からいい人に見られたいだけだろ」

「ちがう! ぼくは…」

「風祭ー! も、何してんだ? 後半が始まるぞ」

風祭が反論し、新たな口論に発展しそうになった丁度その時、二人を呼びに水野と高井がやってきたことによって話が中断され、風祭は反論を呑み込んだ。
しかし天城のほうは、そんな4人の姿がさらに気に食わなかったようで、

「イイコちゃんに仲良しこよしのお友達か。どいつもこいつも甘ちゃんぞろいで楽しいサッカーかよ」

さらに水野、高井、 にも噛み付いた。

「なんだと!?」

「やめろ」

怒った高井が掴みかかろうとするのを水野が制止すると、ますます持って調子にのった天城が吐き捨てる。

「寒気がするぜ。俺が叩き潰してやるよ」

そういい捨てて踵を返した天城だったが、その背中にそれまでずっと黙っていた が言葉を投げかけた。

「お前こそ、そんな甘い考えでサッカーするな」

「……何?」

思わず振り返った天城。

「え…… くん?」

風祭も流石に戸惑っているのか、止めに入る事が出来ない。
それは高井に関しても同じなようでこちらは声も出せず、水野はただ真剣な表情で耳を傾けていた。

「お前のそれはただの甘えだよ、ぼっちゃま。サッカーは11対11じゃないと成立しないゲームなんだ。そんな考えで、誰がお前にとっての残り10人になってくれるんだよ?」

「……貴様」

「例えば、お前が気にくわなくてチームの人間が全員、ただ立ってるだけになったら? お前はそれでも、1人で叩き潰すとか言える? 言えないだろ? こっちはキーパー残して10人でお前1人をリンチすればいいだけの話だしね。もしくはお前にだけボールが回ってこない、とかどう? 味方から奪ってゴールする? 毎回? それじゃもう試合にならないね」

強い口調で天城に向かっていく
正論過ぎて言い返す言葉が見つからない天城の目の前までいくと、自分よりも高い位置の目を真っ直ぐに睨みつけて言い放つ。

「サッカーを舐めるなよ? 独りよがりのぼっちゃん」

悠々と背を向けた
何も言い返せずにただ睨みつけてくる天城の視線を背中に感じながらも、風祭達3人を引き連れるようにフィールドへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

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