Jack the Ripper on the Field
She just wanted to play soccer
「おっ?
Mornin’有希♪
早いね」
「ってそれ、私より早起きしてる奴の台詞じゃないわよ……ふぁ」
「可愛い欠伸だ♪」
「っっっ!? なっ!?
何言ってんのアンタッ!?」
「目、覚めた? なら手伝って。流石に一人で30人前超えはキツい」
「わ、分かったわよっ!
じゃあ私、おにぎり握っとくわ。スパゲッティは?
何味にする?」
「朝だし、納豆と梅ジソの2種類を予定してる。うどんは関東風でいいよね?」
「私だって関東風しか作れないわよ。じゃ、さっさとやっちゃいましょ」
こうして、桜上水中学サッカー部合宿の朝が始まった。
起床の合図から暫くして、朝ご飯の為に食堂に集まった竜也や将達。
そこで目に飛び込んできたのは……
「……なんだこれ?」
「こらまた……ベストカップル賞でもおくったろか?」
「し、シゲさん……そっとしておいてあげようよ。朝からこんなに作ってくれたんだし」
「何かかけるものをもってこよう」
寄り添うようにしてうたた寝している
と有希だった。
早起きして朝食を作った後、時間が空いてしまったのだろう。
4時半起床で料理していた二人は、いくらしっかりしているといってもまだ中学生。
育ち盛りに睡眠不足はかなりきつい。
大地が静かにそう言って自分達が寝ていた部屋から
の使っていたはずの毛布を持ってきて、二人にかける。
「…………状況は悪化したで、これ」
「さぁ、もういいだろ。飯にしよう」
仲睦まじげに寄り添う二人にかけられた一枚の毛布。
もはや完全に恋人同士としか見えない状態だ。
流石のシゲもこれは笑いに変える気が起きないらしく、ただ苦笑している。
結局、騒ぎたてるという子供ならではのリアクションを通り越して見入ってしまっていた部員達に松下が号令をかけ、食事は開始したのだが……
「どこがいいんだこんな奴……背は俺より低いし……顔はまぁまぁだが……俺のほうが断然カッコイイぞ」
1年の山口杉太が将のほうを見ながらブツブツと呟いている。
どうやらクラスで憧れの女の子が将の事が好きらしいというところから始まっているのだが、
「……ん?」
流石にそんなに長時間凝視していれば将だって気が付く。
新たにおにぎりを手に取った状態で杉太の視線に気が付き振り向いた将は、暫く杉太と自分の手の中のおにぎりとを見比べて……
「おにぎりほしいの?」
笑顔でそれを差し出した。
あまりに邪気のない笑顔っぷりに杉太は思わずテーブルに突っ伏す。
それをみていた野呂や花沢達が将の代わりにおにぎりを差し出し始め、もはや杉太は完全に卑しい奴扱い。
あまりの自分の空回りっぷりに苛立ちを隠せなかった杉太は思わず、
「だれがいるかーっ!」
将に向かって叫んでしまった。
そしてそこまでなら良かったのに杉太は、決して言ってはいけない言葉を発してしまう。
「そんなもんっ…」
ズコンッ!
バゴンッ!
「グベッ!?」
杉太の後頭部へのおたまと上履きの芸術的な連携攻撃。
その犯人は言わずと知れた……
「小島さん……」
「
先輩……」
誰あろう、皆が今食べている料理を作った二人だった。
「朝早くから起きて作った料理をそんなもんとは……死にたいかな♪」
「みんな……残さず食べてね♪」
見る者すべてを魅了してしまいそうな笑顔を浮かべる二人。
しかしそれをその場で見ていた全員、冷や汗が流れ出るのを止められなかった。
「ったく。早起きしたこっちの気もちょっとは考えてほしいよね」
「う、うん……」
とたんにがっつくように食べ始めた後輩部員達を見てため息を付く
。
しかし有希のほうは、つい今しがた杉太をおたまで殴り飛ばしたような勢いがない。
「起きたか、二人共」
「朝飯ありがとさん」
「お、おつかれ」
竜也、シゲ、将がそんな二人に苦笑しながら声をかける。
しかし有希はそれに応える余裕すらなく、即座に将を捕まえた。
「あっ、か、風祭……」
「?
なに、小島さん?」
「な、なんで私、その……」
「ん?」
「だ、だからっ!
そ、その……」
中々はっきり言えない有希に意味が分からないと首を傾げる将。
このままでは埒が明かないのだが、有希の顔は赤くなる一方だし、それを見て将はますます困惑するばかり。
そんな時だった。
「毛布の事なら
が使っていたものだ。後で戻しておけばいい」
「え?
あれかけてくれたの、大地だったの?」
大地が、さらっと白状した。
有希の表情の変化でようやく、有希が尋ねたかったのはその事だったのだと理解した将。
しかし……
「ん〜?
なんや
の反応、淡白すぎやないか?」
「……慣れてるのか?」
は特に気にも留めていないといった反応で、さっさと自分も食事を始めてしまっていた。
その事が気になったシゲと竜也が首をかしげていると……
「……私が、先に起きたのよ」
真っ赤にした顔を俯かせたまま、ポツリと有希が白状した。
その一言ですべてを察した二人。
恐らく、有希が先に起きてあまりの状況に混乱しつつ、なんとか毛布を
にかけて必死に何事もなかったかのようにふるまったのだろう、と。
これ以上その事には触れないでやろうと、ただ黙って食事を再開した。
「???」
一人、最後の一言についていけなかった将を残して。
「……もう……心臓止まるかと思ったわよ、ホント……眼を開けた途端に
の寝顔なんて……っっっ!!!」
そんなこんなありながらも順調に合宿は進んだ。
部内の練習試合以来将が悩んでいた“スペース”の問題も決着し、フォワードとしてまた一回り大きくなった事が一番大きな収穫かもしれないが、その他のメンバーも着実にレベルアップしている。
そんな中、合宿の締めくくりのような位置づけで組まれた練習試合のための正式なメンバー発表がされた。
レギュラーは決定しているものの、今回の練習試合では合宿中の動きの良かった者をベンチメンバーとするというのが松下の判断だからだ。
の加入によりとりあえずレギュラー落ちした五味も、それに気落ちすることなく努力を続けた一人として今回の発表に名を連ねている。
有希との勝負以降サイドバックとして再起を図っていた高井も同様に選ばれていたし、今回のメンバー発表は誰もが納得のいく結果となっていた。
ただ、一点を除いて。
「……………」
有希の――この合宿中正式に選手として練習をしていた有希の名前が、その中に入っていなかったのだ。
実力は誰もが認める彼女の選考落ちは、メンバーに少なくない動揺をもたらしていた。
誰も一言も発さないそんな中、
「俺……思うんだけど……」
すでにレギュラーとして選ばれていた森長が口を開いた。
「俺より……小島さんのほうが実力は上だ。小島さんが出たほうがいいと思う」
そんな森長の声に、高井をはじめとした有希の実力を認める部員達からも同じような声が上がり始める。
有希の出場の方向で話が決まりそうになったその時だった。
「俺は反対だ!」
キャプテンである竜也が一人、そんな皆に待ったをかけた。
「練習なら問題ないが、試合を一緒にする訳にはいかないだろう。どんなにサッカーが上手かろうが、小島は女だ」
「そんな言い方は無いだろう!
水野!!」
あまりに冷たいものの言いように高井が掴みかかる。
しかし……
「わかりました」
有希はそう言って立ち上がった。
痛々しいほどの笑顔を浮かべて。
「邪魔者は消えます。ミーティング続けてください」
そのまま体育館を足早に後にする有希に皆、声をかけられずにいる。
代わって竜也の物言いに対する不満が上がり始める中、
は一人立ち上がった。
「竜也……竜也が言わなかったら俺が言うつもりではいたけど、ちょっと期待はずれだったね」
「……
」
「口下手なのは知ってたけど、あれじゃ傷つけるだけだ。人の気持ち、考えて言葉を選びな」
「……すまん」
「後で殴るから……今はよろしく」
皆を置いてけぼりにして二人はそんな言葉を交わし、
は有希の後を追った。
「私はただ、サッカーしたいだけなのに……」
グラウンドの脇の芝生に腰掛けて有希は一人、膝を抱えていた。
「……有希」
そこに現れたのは、有希の望みを家族以外でただ一人完全に理解している男だった。
「……
」
その声は半ば涙声。
しかし有希は必死に泣くまいと堪え、気丈にまっすぐ
を見据えて見せた。
そんな有希にしかし
は、辛そうに表情を歪めながらも淡々と厳しい言葉をかける。
「……ここで、諦めるの?」
「……え?」
「有希はここでサッカーを諦めるの?
またサッカーを馬鹿にしてた人達に八つ当たりする毎日に戻る?」
「わっ……私は……」
「男に生まれたかった。女になんか生まれたからって、自分を否定しながらずっと生きてくの?」
「そっ、そんなっ!?」
有希にはもう、訳が分からなかった。
竜也には……いや、松下にも有希は、性別の問題でサッカーから弾き出された。
そして今、一番の理解者で、友達以上の存在として意識し始めてる
にそんな厳しい言葉を投げかけられる。
「なんでっ!? なんでよっ!?
なら分かってくれてると思ってたのにっ!
私は……私はただ、サッカーがしたいだけだって!」
ついに零れ出た、有希本人ですら忘れかけていた本音。
零れる涙が頬を流れるのを感じて有希はようやく思い出した。
「……そっか……そうだよね……」
「うん……そうだよ。有希はただ、サッカーをしたいだけなんでしょ?
部内でのレギュラーとかは最初から望んでなかったんだよね?」
優しく、いつものように柔らかく響いてくる低音。
いつもの
の声に有希はほっとして素直に応える。
「……うん」
「それを望むのならどうすればいいかも……分かってたよね?」
「……うん……わ、私……」
そう。
有希は将に誘われた時はレギュラーだとかそういった事はまったく考えていなかった。
ただ皆とサッカーが出来るだけでいい。そう思って将の提案に乗ったはずだったのだ。
それが練習に参加し、周りの皆よりも自惚れ抜きで上手い自分を自覚し、そしてそんな皆の自分を認めてくれる声に甘えて欲を出した。そこでは出してはいけなかった欲を。
「有希が一緒に練習するのは、誰も反対しないよ。これからもね。それは竜也が何を言っても認めさせる。だけど試合に出ちゃうと一番傷つくのは……」
「……私、よね……」
「うん……僕達ですら有希にスライディングとか遠慮しちゃうところ、あるからね。有希を何も知らない相手なら尚更だし、そうなると…「負けた言い訳にされる」…だろうね、たぶん」
分かっていた事だった。
有希が本気でこの先もサッカーを続けたかったのなら、いつまでも現状に甘えていてはいけなかった事など。
自分で動き出さなければいけなかったのだ。誰にも文句を言われる事なく、サッカーが出来る環境を作る為に。
「……ごめん、
」
情けなかった。
だからもう、そんな自分と決別しようと思った。
だから……
「ちょっとだけ……泣かせて」
返事を待たずに、顔を埋めた。
声をあげずに涙を流すそんな有希の髪を、戸惑った末に優しく撫でる
。
(あぁ……やっぱり、安心する……好き、なんだ)
「女子の部員、集めてみよう?
独立出来なくても有希が、ここで思いっきりサッカー出来る様に」
「…………うん」
「……で、出て行けないよね、これ」
「……ま、まぁいいんじゃないか?
丸く収まったみたいだし」
「泣かした奴が何言うとるん、タツぼん」
「し、シゲ……」
「
確か、後で殴るって言ってたよな?」
「泣かしたとなると……」
「けっこーキツいの貰う事になりそうやで♪」
「何故水野が小島を泣かすと
が水野を殴るのだ?」
「別に付き合ったりしてるわけじゃないみたいなんだけど……」
「小島先輩は完全に
先輩に気がありますよね?」
「……ったく……誰が収拾つけるんだよ、これ」