Jack the Ripper on the Field

At the end of the first Day




















「あー、えー……っと……俺の母親です」

の母親の、 梓帆です♪ 皆〜、よろしくね〜♪」

食事する手を完全に止めて唖然とする面々(不破以外)の前で、梓帆はそう言って可愛らしく首を傾げて手を振った。
あまりの驚きに声もない生徒達を見かねてか、松下と夕子が進み出る。

「あ〜その、サッカー部のコーチしてます、松下左右十です」

「顧問の香取夕子です。え〜っと、本当に 君のお母さんで間違いないですか?」

「はい♪」

「……お姉さんじゃなくて?」

「お母さんです♪ MotherでMomでMamaな感じの母親ですよ〜♪」

疑りの視線を向ける夕子にハイテンションに応じる梓帆。
それでも完全に信じる事が出来ない一同。
それもそのはず。梓帆は童顔にも程が在るのだ。
はっきり言って、今ここで桜上水の制服を着て現れていたら間違いなく全員、忘れ物を取りに来た生徒扱いしただろうというくらい。
しかしそんな視線にもまったく動じることのないある意味大物な梓帆は、満面の笑みでその場の全員を見回すと、その中に知った顔を見つけてまたはしゃぎだす。

「あー大地君じゃない♪ 元気してたー?」

「(コク)」

『不破も知ってるのか!?』

「よく遊びに来てるわよ〜♪」

を訪問した際何度か会っている」

一同納得。
ここにきて初めて と不破の関係が明らかにされたが、ある意味これ以上ない程納得な話だった。

「それより 〜♪」

「……何?」

「なんか食べさせて♪ お腹空いて泣きそう♪」

「はぁ……はいはい。どおりでテンションがいつもに増して妙なわけだ。コーチ、夕子センセ、今晩だけ許してもらえませんか? 母さん、料理出来ないんですよ」

「ああ、俺は構わんよ」

「どうぞ」

松下も夕子も苦笑でそれに応じると、今だざわめいている生徒達に食事に戻るように促した。
とりあえず後で質問攻めになる事を覚悟しながらも、この場を凌げた事に安堵する

「じゃあそこ座って。適当に用意するから」

「は〜い♪」

素直な子供のような返事をして座ったのは……

「あら♪」

「こ、こんばんは」

有希の隣だった。

「あら? あらららら〜♪」

「え? な、なんですか?」

「ん〜…………(きゅぴ〜ん♪)」

座った状態の有希を上から下まで眺めて目を輝かした梓帆に、言いようのない不安を覚える有希。
なんだか分からないけど助けを求めようと、この問題人物の息子である に目を向けるが、

「……ったく……いくらなんでも学校まで来ないよなぁ、普通……」

不満をぶつぶつと洩らしながらも料理に集中している はそれに気付かない。
更に間の悪い事に、梓帆は有希が自分の息子に助けを求めようとしている所をバッチリ目撃していた。

「えっと、貴方お名前は?」

「こ、小島有希、です」

「そう……ねぇ有希ちゃん?」

「は、はい?」

とはドコまでいった?」

「んなっ!?」

楽しそうにずずいっと顔を寄せてきた梓帆の問いに、思わず仰け反ってしまう有希。
幸いにも皆食事に集中していてそんな様子に気付いていないようだったが、有希はもうパニック状態。

「あ、やっぱりそうなの? いやぁ、まさかとは思ったんだけどね〜♪」

そんな有希に梓帆からの無意識の追い討ち、というかダメ押し。
完全にカマをかけられていたらしい事に完全に打ちひしがれる有希。
有希はたしかに、 が気になっている。
サッカーが好きで、誰にでも分け隔てなく接し、そして何より、有希をきちんと理解してくれる相手。
男に対抗するようにサッカーを続けてきた有希にとって は、間違いなく気を許せる相手だった。
しかしまさか、そんな気になっている相手の母親にそんな淡い思いを見破られるとは思っても見なかったのだろう。
だが梓帆は、

「ん〜、頑張ってね〜有希ちゃん♪」

別にどうこうする気はないらしい。
というかむしろ大歓迎な感じだ。

「そぉね〜……とりあえず有希ちゃん、貴方暇な時バイトしない?」

「……はい?」

「私服飾関係のデザイナーなんだけどね〜。日本で若い娘向けの服のデザインするのにモデルが欲しかったのよ〜。バイト代はちゃんと払うからぁ〜、ねぇ〜いいでしょぉ〜♪」

「はぁ……」

「受けてくれたら〜……有希ちゃんにはちょくちょく家に来てもらう事になるのよね〜♪」

「っ!?」

どうやらこれが狙いらしい。
子供っぽい満面の笑みを有希に向けている梓帆。
有希は……ただ黙って首を縦に振った。頬を真赤に染めて俯いていたが。

「はいど〜ぞ〜……ってどしたの有希?」

そんな所に が戻ってきて、結局有希の気持ちの確信には触れる事無くこの話は終了。
俯いてしまっていた有希を見た が、梓帆が何か言ったのではないかと少しきつめに梓帆に詰め寄ったが、結局はぐらかされてしまった。
とりあえず有希が偶に梓帆のモデルになるので家を訪れることになる事を告げると、

「えっ!? ホントにっ!? 有希!」

「あ、うん。一応……」

「ありがとうっ! ホントにありがとう有希!」

有希の両手をブンブン上下に振って喜びを表した。

「これで……これで俺がモデルしないですむっ!」

「……はぁ?」

「いや、母さんしつこくてさ。小さい頃からずっと女物の子供服のモデルやらされて……」

もうさすがに辛いらしい。
そういえば 、童顔なのかコンプレックスっぽかったなぁ、なんて思い出しながら有希は、

「まぁ、これからちょくちょく行くから、よろしくね」

大喜びしている にちょっとひきながらもそう微笑んだ。











「じゃあね、母さん」

「それでは、小母様」

「や〜ねぇ有希ちゃん、お義母さんでいいわよ?」

「ったく何言ってんの母さん。有希も気にしないで」

校門の前にいる梓帆、 、有希、そして夕子。
食後、一緒に泊まりたいと駄々を捏ねた梓帆だったが結局帰宅する事になった。
もっとも……

「はいはい。それじゃあまた明日ね〜夕子ちゃん」

「……はい。それでは、お休みなさい」

合宿中夕食は、学生達の時間に合わせるのを条件に、一緒にする事を夕子に認めさせていたが。
親子揃って童顔なところもそうだが、どうやら の相手を手玉に取るような話術も母親譲りらしい。
執拗な交渉に疲れきった夕子は、明るい梓帆とは対照的に沈んだ声で挨拶を返した。

「も〜夕子ちゃんてば元気ないわねぇ〜。今度私がデザインした服持って来てあげるから、お洒落していい彼氏でも捕まえて元気だしなよ〜?」

ニコニコ顔でそう言ってヒラヒラと手を振りながら帰っていく梓帆。
というか、いつの間にか車が控えており、待っていたらしい女性と言葉を交わしてそれに乗り込んで去っていった。

「夕子センセ」

「はぁ……何?」

「明日はあの人も呼んであげていいですかね? なんかずっと待たされてたみたいだし」

「もう何人増えたところで変わらないわ」

「っていうかどうせ作るのは でしょ」

そんな会話をしながら校舎へ帰っていく三人。
すると、疲れて生徒二人の後ろを俯き気味になって歩いていた夕子が、

「え゛…………う、うそでしょぉ〜!!!!?」

いきなり大声を張り上げて の背中に抱きついた。

「は!? ちょ、夕子センセ!?」

「生徒相手に何やってんの夕子先生!?」

「なっななななんかいるのぉ〜!」

よく見ると涙ぐんでいる夕子に、 と有希もとりあえず状況確認。
そして……

「ね、ねぇ ……あれ…… 」

有希が何かを見つけて指差した。

「あれは……なんか動いてる?」

「な、なんか白いのがぁぁぁぁぁ……」

「お、落ち着いてください夕子先生」

壊れかけている夕子を宥める有希。
と、そんな有希と の耳に聞きなれた音が届いた。

「ってあれ、将じゃない?」

「え? ん〜……あ、ホント。風祭だ。何やってんの?」

目を凝らして暗闇の中を確認すると、たしかにそれは風祭だった。
どうやらグラウンドに机や椅子を引っ張り出して障害物にしているらしい。
と、そこで有希は、練習の後風祭が松下に言われていた今後の課題を思い出した。

「あ、あぁ、そう言う事。スペースに飛び込む練習か」

「へぇ……まぁたしかに、止まった障害物くらいちゃんと避けられないと動いてる人間を避けるなんて無理な話、か。やるなぁ将の奴」

「え? な、なに? おばけじゃないの?」

「ええ。風祭君が自主練習してるみたいです」

有希の言葉にようやくほっと胸を撫で下ろした夕子。
本当に怖かったらしく、心底安堵した表情をしていた。

「あ、そうだ 。私達もちょっと蹴っていかない?」

「これから?」

「そ。だって 、今日の練習出来てないでしょ?」

「う〜ん。そうだ…「ちょ、ちょっとちょっと! 駄目よ!? 夜中に二人っきりなんかには出来ないわ!」…それもそうですよね」

有希の提案には正直惹かれたが、夕子の言う事ももっともなので、少し肩を落としながらも納得する
しかし有希は諦められない。
折角一緒に堂々と練習出来る様になったその初日に、 が練習を休んでしまったのだ。
少しでもやっておきたかった有希は、奥の手を切る事にした。

「じゃあ、夕子先生が一緒にいて下さい」

「わ、私、疲れてるのよ〜」

「そもそも…… ってなんで今日の練習出られなかったんでしたっけ?」

一点の曇りもない極上のエンジェルスマイル炸裂。
同時に有希がこの笑顔を出すと言う事は、その裏に本音が隠れているという意味である。
つまり、今回有希が夕子に本当に言いたい事とは、

“アンタが料理も出来ないクセに食当引き受けるからこんな事になったんでしょうが、このボケ”

である。
それを出されては夕子も返す言葉がない。
確かに、自分が安請け合いした所為で は練習に出られなかったのだ。

「一時間でいいですから、見ててもらえますよね?」

「……見させていただきます……グスン……」

「ありがとうございます♪」

「ゴメン。ありがとね、夕子センセ」

なんだかんだ言って も、今日一日サッカーを殆ど出来ていない事はそれなりに辛かったらしい。
疲れているという夕子に一応気遣いの言葉をかけるところはイギリス育ちの紳士的な振る舞いを心がける らしいが、やはり気持ちはもうサッカーボールのほうに行ってしまっている様で、ボールを取りにいった有希の遠ざかる背中に期待のこもった視線を向けていた。
その後結局一時間みっちり二人でボールを蹴った と有希は、途中なんだかんだで見ているのが楽しくなってきた夕子からのリクエストでトリックプレイなども見せ、充実した時間を過ごしてお開きとなった。


「それじゃあ行きましょ、小島さん。 君、お休み〜」

「お休み、

「G’Night♪」

いいもの見たと満足げに宿直室に入っていく夕子の後ろで子供達二人はというと……

(明日の朝は何時?)

(6時半から練習って事は……5時半起床くらいと考えて……)

(よ、四時半? 大丈夫?

(やるしかないでしょ……皆の命懸かってるし…………任せられないでしょ)

(……確かにね……分かった、私も手伝う)

(……ありがとう)

「また明日ね」

「また明日」

苦労人な二人だった。




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