Jack the Ripper on the Field

Camp starts




















高井が部活に顔を出さなくなって3日目、風祭が練習の後高井と話しに向かった。
そんな様子をみていた有希は少し遅れて更衣室から出てきた に、

「風祭が先にいったみたい。私も行ってくる」

と言い残して風祭の後を追って走り去った。
そんな有希の背中を見送った は小さくため息をつくと、

「さて。んじゃ僕は差し入れでも買っていくか」

と鞄を背中にかけ直して校舎の外へと向かう。
何を買おうかと考えながら校門を出たところで、 は重大な事実に気が付いた。

「あ、そういえば僕、あいつら何処にいるのか分からないや」

しばらく立ち止まって悩んでいた
もう部活が終わっていることもあって帰りの生徒の数はかなり疎らだが、それでも の横を抜けていく生徒達はいる。
男子生徒は鬱陶しげに、女子生徒は興味深げに立ち尽くしている を眺めては去っていった。
そして暫くして、

「ま、買うもの買ってから一人でいじけられそうな場所を探せばいいか」

と一人で呟くとそのまま足を商店街のほうへと向けて歩き出した。




















「お、やってるねぇ」

お菓子類と飲み物を買い込んで はなんとなくいじけるのに適していそうな場所を回っていた。

「しかしまさか二箇所目で大当たりとは……単純なのかなぁ、やっぱ」

公園に行った次にいじけたりたそがれたりする場所としては定番第二位、ドラマでよく見る河原に向かった は、そこであっさりボールの奪い合いをしている有希と高井、そしてそれを見守る風祭を発見した。
有希のボールコントロールとテクニックは生半可なものではなく、高井はボールに触らせてすらもらえない。

「もうずっとあの調子?」

はそう言いながらただ黙って見守っている風祭に近づいた。

君?!」

いきなり後ろから声をかけられて飛び上がって驚いた風祭。
は差し入れといってコンビニのビニールを手渡し、隣に立つ。

「あらあら、有希ってば堪った鬱憤本気で吐き出してるよ」

「え? あれって高井君を怒らせて本気にさせるためじゃ」

そう信じて黙っていた風祭は の言葉に顔を引きつらせる。

「……まぁそう好意的に取ろうと思えばそれも出来なくはないけどね」

それにたいして は何か含んだような微妙な笑みを浮かべて有希にいいようにあしらわれる高井を楽しそうに見ている。

「ほらっ! もう終わり? この駄目男!」

「うわっ! ひどっ! ってかあれはもう好意的な目とか向けられないでしょ?」

「あ、あははははは」

段々とエキサイトして暴言が多くなってくる有希を見て相変わらず楽しそうに笑う と、そのあまりの暴言の吐きっぷりに乾いた笑いしか出てこない風祭。
暫くそんなやり取りが続いていたが、その間にたしかに高井から余計な力が抜け始め、そして集中力が増してきた。そして……

「もらったぁぁぁ!!」

「きゃっ!?」

一瞬だけ出来た、ほんの僅かな隙をついて高井はついにボールを奪う事に成功した。
大喜びしている高井に風祭も喜んで駆け寄る。
しかし……

「有希、大丈夫?」

は一人、ボールを取られてから蹲ったままの有希に歩み寄った。
そんな をみて高井はようやっと、自分がどうやってボールを取ったのかを思い出す。

「ごっごめんっ! 大丈夫か!?」

オロオロしたながら傍によってくる高井を横目で確認した有希。
ちろっと舌を出した次の瞬間、

「うわぁ〜ん! 高井に“キズモノ”にされたぁ〜!」

に縋りついた。
いきなりの事にパニック状態でひたすら謝り倒す高井。もう言っている事が支離滅裂になっている。
唖然としてそれを見ている風祭は、もう何がなんだかといった様子で声も出ない。
そして は……

「よしよし有希。痛かったね〜」

何故かノった。
背中をポンポンあやすように叩く に有希もさらにエスカレート。

「どうしよう 。もうお嫁にいけないよ」

「真人に責任取ってもらえば?」

「絶対嫌っ!」

そんな有希の身も蓋もない拒否を聞いてヘコむ高井。
と、そこで二人は、

「なんてね」

「女の子って便利よねぇ〜」

と何事もなかったかのように身体を離した。

「……お芝居?」

「……こ、こいつら……」

何はともあれ、高井は有希とサッカーをする事によって自分がサッカーが好きだという事を再認識し、サッカー部に戻ることを約束した。
これで一件落着のはずだったのだが……

「……はい? 元サッカー部の馬鹿に制裁加えてたのは自分だってばらしちゃったの?」

今までしてきた事を二人にばらしてしまった有希。
そんな自分がサッカー部に関わっていれば、迷惑をかけてしまう。
何より、やっぱりサッカーをするのが好きな有希にとって、ずっと今のままというのは辛すぎる。

「うん……だから私はもう……」

しかし……

「一緒にやろうよ」

風祭は有希にそう言って笑った。
自分はただ、小島有希とサッカーがしたいから、と。

「人にはやめるなって言っておいて自分はやめるなんてズリーよ。責任取れよな」

そんな風祭に高井も賛成らしく、恥ずかしがってはいたがたしかにそう言って引き止めた。

「…… は?」

「……有希のしたいようにすればいい。ってか俺は有希と結構やってるからね」


“したいようにすればいい”

のその言葉で有希は、翌日から始まる合宿に選手として参加する決意をした。
しかし、風祭と高井をヘタクソのくせにと言いながらからかう有希を見ながら、 は一人溜め息を吐く。

「……ま、しょうがないか」










翌日。
合宿初日の練習は放課後からだった。
そこで、有希が合宿から選手として参加する事を知らされた桜上水サッカー部。
戸惑ってはいたが、結局、

『みんなは私とサッカーするの……イヤ?』

有希のその一言で全員コロっと騙された。

「嬢ちゃん、お前知っとったろ?」

が騙されて大はしゃぎしている部員達を傍から眺めていると、シゲがよってきた。

「うん。ってだから嬢ちゃんはやめてって」

自分の童顔があまり好きではない はシゲの呼び方に顔を顰めるが……

「じゃあ……“切り裂きジャック”て呼んでええ?」

「…………気付いてたんだ?」

「まぁな。イギリスの一クラブチームユースの選手やからわからん思っとったんか知らんけど、はっきり言って、上を見とる奴はそれなりに現実的に上見とる。同年代の海外ユースで活躍しとる選手なら、しっとる奴も少なないと思うで? まぁスペインやらイタリアややのうてイギリスってのはある意味盲点やけどな」

「竜也も知ってるのかな?」

「タツボンは……ようわからん。でも見覚えがあるって感じやったし、もしかして……とか言っとったけどな」

「そっか」

今の今までずっと黙っていた だが、別に隠そうとしているわけではない。
事実 の部屋を訪れた事のある不破はある程度の事を知っている。まぁ不破の場合、そもそも有名選手や有望選手などといった知識はないに等しいので大した意味はないのだが。
イギリスでは名門クラブチームのユースで、有名な選手だったらしいという程度の認識はある。

「ま、黙っててとは言わないよ」

が今まで何も言わなかったのは、サッカーにおいてポジションは実力で取るものだという事をしっかりと認識していたから。
名前ではなく実力でポジションを取らなければなんの意味もないし、イギリスでもそうして先輩選手を押しのけてきたからこその“切り裂きジャック”なのだ。

「いや、黙っとこか。面白そやし。そんかわり……」

「?」

「一回本気で勝負してくれへん?」

シゲの悪戯な笑みに は、一瞬きょとんと首を傾げ……

「いいよ♪」

そう言ってニヤっと笑った。










そしてシゲとの勝負の後、二人は罰として校舎の周りを走っていた。
勝負に夢中になっていた二人は結局、合宿初日に大遅刻という大ポカをやらかしてしまったのだ。

「ちょ……待ちぃな……あない勝負の後……こんなん……」

ヒィヒィ言いながら走るシゲの視線の先には、黙々と走る の背中があった。
勝負はといえば、激しい攻防はあったものの、一度抜いたように見えて気を抜いたシゲの完敗。
の異名を身をもって体験する事となった。

(抜こうとした所でフッと消えて、シメた思たらその瞬間ボールごと足刈り取りよった。さすが“切裂き魔”やな)

勝負を思い出しながらシゲがタラタラと の背中を追っていると、その がふいに足を止めた。

「はぁはぁ……なんや自分。どないした?」

に追いついてシゲがそう尋ねると、それはほぼ同時だった。

「なっ!? 何やってんだ夕子センセ!?」

「なっなんやぁっ!?」

突然 が大声を上げて、走り出した。

「シゲっ! コーチに俺、練習には戻れないって言っといて!」

「はぁっ!?」

「選手全員の命に関わる事だからっ! それじゃ!」

そういい残してダッシュで走る

「……なんやねん全く」

唖然とその姿を見送ったシゲは、それでも結局 に言われたことを実行すべく走り出すのだった。
そして は……

「Hold it! 夕子センセっ!!!」

「っ!? か、 君っ!?」

家庭科室に踏み込んでいた。
そして の目に飛び込んできたのは、今まさに無茶苦茶に切り刻んだ食材を鍋にぶち込もうとしている香取夕子(2×歳)の姿だった。
つかつかと無言で歩み寄った

「……夕子センセ」

「な、なに?」

「料理、出来ないでしょ?」

「っ!?」

図星を指されてショックで固まる香取夕子(2×歳)。
はそんな夕子から包丁と食材を受け取って一言。

「俺がやりますよ」










「いやぁ〜! 腹減ったぁ〜」

練習終了後。
合宿初日に練習を突然サボった に事情を聞くべく探していたサッカー部一同だったが、結局見つける事は出来なかった。
そして仕方なく夕食をとるべく家庭科室に出向くと、

「おつかれさん、皆」

エプロン姿の が笑顔で出迎えた。

「なっ!? お前……っ!」

キャプテンとして黙ってはいられなかったのだろう。
水野が真っ先に に詰め寄った。
後ろでは松下が苦笑していたが、おそらく用件は同じだろう。
そしてそれは他の部員達も同じようだった。なので は、実力行使にでた。

「竜也」

「なんだ? 言い訳は……」

「俺が練習に出なかった事を責めるなら、お前の今晩の食事はアレだ」

「な、何が……アレ、だと?……っ!?」

ソレが視界に飛び込んできた瞬間、水野は硬直した。
そこにあったのは、大きな鍋。
カニの爪などが覗く、一見豪華に見えなくもないソレには……その他の食材もごちゃごちゃ入っている、いわゆる寄せ鍋の出来損ないだった。
飛び込んだ時には時既に遅かった一つだが、なんとも……美味そうに見えない。

「夕子センセの料理の腕もろくに確かめないで食当にしたんだ。ソレくらい食べるつもりだったんでしょ?」

そう言って微笑む
しかしその微笑の裏には、なんとも言いがたい黒さがあった。

“文句があんならソレ喰っとけ”

その目は確かにそう言っていた、とその場にいた誰もが証言するだろう。
そして、 を糾弾してまでそっちの料理にいこうとする気が起きない理由はもう一つ。

「ちゅうことは……こっちは嬢ちゃんが作ったんか?」

そう。
ソレとは別に用意されていたのは、それはそれは食欲をそそる料理の数々。
肉野菜炒め、蛸の唐揚げ、山盛りの野菜サラダにお好み焼きが各テーブルに並べられ、 の後ろの鍋からもなにやら食欲をそそる香りが立ち込めている。
皆きつい練習を終えて空腹感は絶頂なのだろう。
もうよだれを垂らさん勢いで前のめりになっていた。

「そうだよ? でもいつまでも嬢ちゃんって呼ぶならシゲにもアッチを…「えろうすんませんっ! 後生やからこっち食わしたって !」…まぁよし……で? キャプテン。何かいう事は?」

「……ありがとう」

「よろしい。んじゃ皆席に着けー」

『はぁ〜い!!!!』

こうしてまともな食事にありついた桜上水サッカー部員一同。

「あ〜疲れた」

一仕事終えたといった感じでテーブルに突っ伏した は、今やっと夕子の作った謎鍋を海鮮汁に作り変えたところだった。

「ご苦労様」

そんな の所に有希がやってきて向かいに座った。
手に持った皿には各料理がバランスよく盛られている。

「いただきます」

目の前で食事を始めた有希に は、黙って作りたての海鮮汁を差し出した。

「っ!? 美味しいっ」

「ありがと」

料理はどれも有希の舌にあったらしく、嬉しそうな表情で次々と料理を口に運ぶその姿に も思わず微笑んでしまう。
他のテーブルでも皆口々に美味い美味いと、争うように料理に箸を伸ばす姿が見える。

「あ〜、あんまり食欲がない奴には中華粥があるからそっち食って〜」

がそう声をかけると、数人が立ち上がって鍋に近寄った。

って料理も出来るのねぇ」

蛸の唐揚げを咥えた有希が、感心したように声を上げる。

「いや、必要にかられてね」

「ふ〜ん……なんで?」

「それは………………………………………………あ」

そこで は重要な事を思い出した。
突然固まってしまった を心配そうに見つめる有希。

「どうしたの? 突然」

「いや……かあさんに合宿が今日からって言っとくの忘れてた」

「……お母さんって過保護な人だったり、厳しい人だったりするの?」

「いや、そうじゃなくて…………生活力に問題のある人でね」

有希に梓帆の事を説明する
料理が出来ないのに手料理好きで、帰りが遅いくせに家に誰もいないと寂しがる、子供のような母親。
しかし は思ってもみなかった。
まさかその母親が……

「しかも、たしか今日は久しぶりに早く帰るって…「あ〜いた〜っ! 〜!」…かあさんっ!?」

学校まで来るなんて。








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