Jack the Ripper on the Field

The new team with new coach




















国府二中との練習試合の後、夕子がコーチを桜上水に連れてきた。
松下左右十。
かつて日本サッカーリーグで活躍し、日本代表にも選ばれた経験のある名MFだった人。
風祭と交友のあるおでん屋の常連らしく、武蔵森戦の時もアドバイスをして善戦を演出した人間。

……へぇ……そんな凄い人なんだ」

の何処か分かっていないようなおざなりな驚き方に苦笑を零す松下本人とサッカー部の面々。
シゲは一人で何か納得したように笑っている。
何はともあれこうして新入部員とコーチを得た桜上水中サッカー部は本格的に始動した。
















「まずはサッカー部全員で紅白戦をやる。それも6日間ぶっとおしでだ」

全員の力を図る為、松下はまず希望ポジションで、そして次にポジションチェンジを繰り返して紅白戦を繰り返した。
それによってそれぞれの新たな可能性も模索しつつレギュラーを決めていこうと言うわけだ。
まず不破はGK、 はCDF、水野はトップ下、風祭はFWとそれぞれ希望ポジションに着く。
シゲだけは人手不足もありGKになっていたが、審査に色をつけると言われて嬉々としてグローブをはめていた。

「ほう。あの四人はこれからを見るまでもなく不動だな」

最初の紅白戦を見た時、偶々不破、 、水野、風祭が同じチームになったのを見て松下はほぼ即決していた。
まず水野と風祭の前線のコンビ。
これはさすがに一緒に練習してきた時間が長いだけあってこのチーム内の誰よりも連携が上手くいっている。
風祭のほうに多少技術面で難点はあるが、ゴールに対する嗅覚をもっている風祭にゴールに繋がるパスの出せる水野のコンビは桜上水では貴重な得点源になりうる存在だった。
そして不破と の守備面でのコンビ。
不破はGKとしての技術はまだ始めたばかりということもあり習得中といったところだろう。
しかし飲み込みが速く、頭の回転も速い。
そして躊躇という事をしない不破は一瞬の判断力が他のポジションよりも致命的になりうるGKに最適だった。
そしてその不破にサッカーを現在教えているのがCDFのポジションにいる だった。
自分が教えたサッカーと、自分の持っているビデオ、その他不破が使っている資料は殆ど の部屋にあるものや が不破から相談を受けて集めたもの。
大体が の頭に入っている以上、それを実践している不破と呼吸を合わせる事はそれほど難しい事ではない。
が一方的に不破の動きをサポートするように動いているだけだが、それでもこのチームの誰よりも不破と連携しているのは だった。

「それに1対1の強さとあと動き。あの子達にはいきなり現れてボール掻っ攫われてるように感じるだろうなぁ」

半ば呆れ気味に感心している松下は、もうその時点で がただの部活サッカーの選手でない事を見抜いていた。














そしてその後、ポジションチェンジと希望ポジションを交互に入れ替えながら紅白戦を続けた。
そしてレギュラー発表当日、発表を今か今かと待つ選手達の中にマネージャーの有希もいた。
風祭を初めとした選手が皆期待と不安が半々のような表情をしている中で、有希はあまり気にしていないような表情を三つ見つけた。



一人はシゲ。
いつも飄々としているし、武蔵森戦からそのセンスを遺憾なく発揮しているシゲのレギュラーはある意味当然の話。
後はポジションが希望通りフォワードになるか、それともゴールキーパーを続ける事になるかの問題だけだ。


もう一人は不破。
不破はチーム内で唯一キーパーを志望している選手だし、飲み込みも早い。
初心者というのが不安材料だが、メンバーを見渡してまず控えに入れる事は間違いない選手の一人だ。
有希は不破を正ゴールキーパーに推していたし、松下はおそらくそうするだろう。


そして最後の一人が
前者の二人とは違い、彼には特にアドバンテージになるような材料はない。
実力でポジションを取らないといけない選手なのだが、全く意に介した様子もなく有希の隣でペーパーバックに視線を落としている。
そんな を見ながら、有希は前日の松下との会話を思い出していた。















「君はどう思う?」

松下の隣で練習を見ていた有希は、いきなりそう声をかけられた。
戸惑う有希に松下、

「いや、香取先生から君がサッカー詳しいって聞いたもんでね。レギュラー候補に関して君の意見を聞いてみたいと思って」

と微笑んで見せた。
少し躊躇った後、有希は結局その要望にこたえる事にする。

「まずフォワード……2トップとして選ぶならサッカーセンスがずば抜けてて高さもある佐藤君と、あと一人は……私なら風祭君です」

「うん。高井君とプレイスタイルは被ってるけど、彼のほうがゴールへの嗅覚がいいし、なによりある意味このチームの精神的支柱、ムードメーカーだ」

有希の意見に全面的に同意を示した松下は、そのまま有希に先を促した。

「中盤はやっぱり水野君がトップ下。後はトレスボランチなら森長君、外山君、古賀君。5人にするなら外に田中君です。古賀君と五味君の交代もありだと思います。それに……

「フォワードとしては視野の狭い高井を使うならこのフォーメーションでサイド、かな?」

……はい。ただし守備面でまだ外山君や田中君に比べて心元無いと思います」

どうやら考えている事は殆ど同じらしい。
やはりメンバー自体に限りがある分考えられるパターンも限られてくるということなのだろう。

「ではディフェンスはどうする?」

松下にこの質問をされた時、有希はほぼ条件反射のような速さで、

が中心になると思います」

と普段どおり を名前で呼んでしまった。
しかしそれに有希自身は気付かないまま、考えを述べる。

「後は花沢君と野呂君。四人なら五味君か田中君を。五味君なら中、田中君なら外で。そしてキーパーは多少不安材料もありますけど不破君が最適だと思います。少なくとも とはもう多少息が合うようですし……?!」

そこで有希はやっと自分が を名前で呼び続けている事に気がついた。
別に知られて問題になるような事でもないが、なんとなく意識して他人がいる前では苗字で呼ぶようにしていただけに動揺してしまう。
そんな様子を楽しそうに見ていた松下だったが、

「別に気にしないでもいいよ? 君達がどういった関係だろうと君のアドバイスは適切だと思う」

とからかうように有希に笑いかけた。

「か、関係って……。ただ はロンドン帰りで苗字で呼ぶのも呼ばれるのもあまり慣れないって言われただけです!」

ある意味弁解にも聞こえてしまうがそれは事実。
しかし松下はと言うと、

……ロンドン……?」

とその弁解を途中から聞いていなかったらしい。
ロンドンと呟きながらしきりに首を捻っている。
そんな様子をみた有希は松下が の事を何か知っているのではと思い、

「たしか何処かのクラブチームに入っていたって言ってました」

それを聞いた松下は何かに気が付いたように息を呑み、そして、

……そうか、ありがとう。助かったよ」

と一方的に話を終わらせてしまい、すぐに選手達に指示を出し始めてしまって有希は結局松下が何に気が付いたのか知る事は出来なかった。













そして有希がそんな事を思い出していると、松下が水野を伴って部室から出てきた。
どよめく皆をよそに松下は何も言わずに腰を下ろし、そして水野が手に持っていた模造紙を張り出す。



GK 不破大地
FW 佐藤成樹
FW 風祭将
MF 水野竜也
MF 森長祐介
MF 外山一平
MF 田中衛
DF 
DF 古賀良彦
DF 花沢秀臣
DF 野呂浩美



武蔵森戦からのメンバーでそのレギュラー表の中にいなかったのは二人。
一人は五味だったが、彼はメンバーを見て納得したような表情をしていた。
ポジションを奪われた相手が だったから。
紅白戦どのポジションでもその能力を遺憾なく発揮し、特にそのディフェンスとしての能力は同じポジションの人間として絶対に敵わない完成度だと五味自身思っていたからだ。
まして発表されたのは4−4−2のメンバー。
つまりシステムしだいでは五味も控えをとれば出場の可能性があるのだ。
腐ってなどいられなかった。



問題なのはもう一人。
それはサッカー部を復活させようと水野と風祭が奮闘した時からの仲間である高井だった。

「いやぁまいったまいった! 現実はキビしー!」

それは彼なりの精一杯の強がりだったのだろう。
高井は森長や風祭が声をかけようとしても殆どそれを聞くことなく強がって見せ、そして家の事情と言って帰っていった。








そして翌日から高井は練習に姿を見せなくなった。
同じクラスの森長の話では学校にはきちんと来ているらしい。

「あいつ……

歯噛みする有希。
女と言うだけで桜上水でサッカーが出来ずにいる有希は、たまにこうして の練習に付き合わせてもらう以外殆どボールを蹴る機会のない自分と違いまだチャンスもあるのに逃げてしまった高井が許せなかった。
まして有希には高井がチームで生き残れる道も分かっているのだ。
それさえ物にすればまだ十分サッカーが出来るのに、高井は一度落とされたくらいで逃げてしまった。
それが有希にはどうしようもなくやるせなくて、歯痒かったのだ。

「有希さ、真人が許せないんでしょ?」

……あたりまえじゃない」

サッカーボールを通じて有希と は会話する。
それくらい有希の気持ちはボールにのっているのだ。
その荒々しくて鋭いボールを受けている は有希のそんな気持ちが手に取るようにわかる。

「じゃあさ、一度言いたい事全部いってやれば? すっきりするかもよ?」

笑いながらそう言ってのける に有希は思わずトラップするのも忘れて唖然としてしまう。

「全部気持ちをぶつけてみなよ? お前は恵まれてるんだ! って。それなのに逃げるなんてクズだって。それで真人が思い直せば……えっと、一石二鳥、だっけ? でしょ。真人がそれでも逃げるような奴でも有希は言いたい事言ってすっきり出来るんだからいいんじゃない?」

そして は有希に歩み寄っていく。

「レギュラーに選ばれた僕の言葉は真人には届かないから有希が一回ボコボコにしてやってよ」

……それでもし高井が私を恨んでくるような奴だったらどうすんのよ?」

「その時は僕が責任をとるよ」

なんでもないといった風にそう笑って答える
多分そうはならないと踏んでいるのだろうし、万が一そうなったら本当に責任をとるつもりでもいる。
そんな奥の深い笑顔だった。
そしてそんな笑顔に後押しされて、有希も決心する。

「わかった。精々ストレス解消してやるわ!」

そういった有希はとても力強い笑みを浮かべていた。



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