「―――――っっっ!!! はぁっ!!!! はぁっ……はぁっ……」

「……ふぅ……よく、やったのぉ……」

大量の汗を拭いながら満足そうに笑う夜一。
その足元では が、膝をついて荒い息を整えていた。

「して……名をつけるか?」

夜一のその問いに はもう一度大きく息をついて、

「名前、あるんじゃないんですか?」

と問い返した。

「ふむ。この技は“瞬閧”という。しかしお主のそれはワシのと違って鬼道ではなく、純粋なお主の霊圧のものじゃからの。別の名前を考えても良いぞ?」

何処か楽しげな夜一の様子に少々釈然としないものを感じ始める

「…………」

「ほれ、あれじゃ。今流行の……なんと言ったかの?」

「……ネーミングライツ、ですか? もしかして」

「そうっ! それじゃっ! その“ねーみんぐらいつ”というものじゃ」

なにやら少々勘違いしているらしい夜一。

「……あれは名前をつける権利買わなきゃいけないんですよ、夜一さん。俺から金取る気ですか?」

「冗談じゃ♪」

からかっていただけらしい。

「じゃがの。この短期間に、いかに集中的にやったとはいえワシの要求するレベルをクリアして見せたのじゃ。まぁ褒美だと思って素直に名前をつけろ」

と、夜一は優しげに目を細める。

「さっきも言ったが、お主のそれは手順など大まかな部分が似ているだけであって、性質はまったくの別物じゃ。遠慮せんでよい」

そう言って座り込む夜一は、どうやら がつける名前を聞くまで動かんとばかりに隣に座り込んだ。
有無を言わさないその無邪気な傍若無人さに、 も自然と笑みがこぼれてくる。……と言っても苦笑のほうだが。

「じゃあ……“零(ゼロ)”で」

結局特に考えもせずに は名前を口にした。

「ふむ。“絶対零度”の“零”で“ゼロ”か。冷凍の“冷”と字を掛けておるのかの? それともまさか、大虚共のセロと音を掛けたのか?」

そう言って夜一は顎に手をやり首を捻る。

、お主……笑いの才能はイマイチじゃの」

「……余計なお世話ですし、笑わそうとも思ってません。で、それでいいですか?」

褪めた反応を返す に夜一は、少々不満げではあったがおう揚に頷いてみせた。

「なんでもよい。それはもうお主の技じゃ。特訓も今日でとりあえず終いにするぞ。後は喜助の奴が準備を整えるまで日常でも満喫してくるがよい。…………最後になるやもしれんしの」

そして体が光を帯びたかとおもうと姿が消え、服が地面に落ちる。
そしてその中から黒猫の状態になった夜一が姿をみせた。

「さて、もう昼も過ぎたのぉ。そういえば有沢は“いんたーはい”とやら、見事優勝したらしいぞ? 力の扱いもあの三人の中では安定しておる。労いの言葉でもかけてやれ」

「……はい?」

「ん? 言っておらんかったかの? 有沢達三人の修行はもう終了しておる。能力も目覚めたし、磨きをかけるのは各々の自由としてあるからの」

そう言ってやれやれとばかりに首を左右に振ってみせた夜一は、最後に一言、

「出発は七日後じゃ。それまで精々骨休めでもしておけ……休めるうちにの」

と言って姿を消した。
残された は暫く何をするでもなく呆然とその場に立ち尽くしていたがやがて、

「……まぁ、そのとおりだよね」

と自分を納得させ、山を降りはじめた。と、

「……ん? メールが……15件っ!?」

電波の入る場所まで到達した途端、今までたまっていたメールを一気に着信した。
その着信件数に驚きながらも確認してみると……

“そっちも忙しいみてぇだけど連絡、出来るようになったらすぐよこせ 一護”

“頑張れ 茶渡”

“最近会ってないけど元気? 今度の花火大会にはいけるのかな? 水色”

“ちょっと っ! アンタがいなくなってから休みだってのにたつきのガードが厳しくて織姫に〜(自主規制的に省略) 本匠”

“あー ? 次どっかいく時はちゃんと連絡しろよ? 姉貴だと思えって言ったろ。ってかこれみたら連絡よこせ 美諭”

くん、元気かな? 戻ってきたら連絡してくれると嬉しいんだけど…… 小川”

、アンタいきなりいなくなっていったい何処いってんのさ? さっさと連絡頂戴よね? 真花”

“なんか知らないけど皆心配してる。さっさと連絡してくれないと五月蝿くて敵わないんだけど……特に浅野が破滅的にウザいからどうにかして 国枝”

“どこいったんだよ ぉ〜(涙) 一護もどっかいっちまうし水色は〜(中略)〜とにかく早くかえってきてくれ〜!!!! ケイゴ”

くん、頑張ってるって聞いてるけど……
 たつきちゃん、結構寂しがってるから連絡してあげてくれないかな? 織姫”

仲間達からのメールが十通。
いずれもいきなり説明もなく姿を晦ました を心配していたり、一護とチャド、織姫といった理由を知る人間からは労いなど。
そして残り五件は……

「……たつき」

すべてたつきからのものだった。

“おっす! 頑張ってるか?”

といったような当たり障りのない内容の挨拶のようなものから、

“やっとあたしも自分の力を自由に使えるようになったよ”

といった竜貴自身の修行内容や結果についてまで様々だったが、 が姿をくらませてから二日に一度、必ず連絡をしていたらしい。
返事が来ることがない事など、夜一から聞いていたのにも関わらず。
そして一番新しいメールは、ほんの数時間前に届いたものだった。

“昨日で修行は終ったよ。
 今日皆で花火見にいくんだ。
 報告したいこともあるし、3時過ぎにいつもの場所、来れたら来いよな”

「……そういえば水色のメールにも花火大会がどうのってあったな」

そして は携帯をポケットに突っ込んで歩き出した。

「3時か……着替えてからでもいけるよな? それに……」















「おーかえりぃーっ!!!! 待ちわびたぜ一護!! 一人で遊ぶのは寂しかったぞォーッ!!!!」

「ありがとよ」

久々の再会となるのは何も だけではない。
一護は浦原と“勉強会”、織姫とチャド、たつきは夜一の“レッスン”、水色は年上の彼女(&そのお友達×9)と一緒にプーケットといった具合に皆バラバラに休みを過ごしていた。
千鶴、みちる、真花、鈴の四人もそれぞれ親の実家に帰省したりといたりいなかったりが続いていたようで、この日も全員昼からは集まれないと、花火開始以降時間があれば現地でという事になっていた。
そんな中一人、何もする事がなくゲーム三昧の日々を半強制的に過ごしていた啓吾は久々の友人との再会の喜びを体中で表現しようとしたのだが、それは当の本人である一護の容赦ない蹴りによって阻まれる。
そして手厳しい一護のそんな対応に追い討ちを掛けるかのように、

「ただいまー! 僕も帰ってきたよー! 一人で遊ぶのは寂しかったかい? ケイゴ!」

プーケットから帰ってきた水色もすぐに姿をみせる。
こんがり焼けた肌がなんとも小憎らしい上に、何故か首にレイまでかけている。
久々に普段のノリで大騒ぎしている二人を一護が少々感慨深げに眺めていると、

「ジャマ」

と、そんな啓吾を背中から踏み倒す人影。

「よっ!」

「おう、たつき。久々だな……って井上とチャドも一緒か。珍しい組み合わせだな」

竜貴、織姫、チャドの三人が合流した。
三人同時に現れたのはもちろん、夜一のレッスンが終った今も集まって訓練していた為。
しかしそれをまだ知らない一護は、竜貴と織姫コンビと一緒にチャドも現れた事に驚いていた。

「……やっぱ は来てない、か……」

集まった面子を見回して少し寂しそうに呟いた竜貴。

「も、もうちょっと待ってみようよたつきちゃん。メールはいれたんだよね?」

「きてたきてた」

「あ、僕も今日の事は一応メールで聞いてみたよ? 返事は返ってこなかったけど」

「悪い悪い。ずっと電波は入らないところにいたから」

「ったくなにやってんだよアイツ。急にどっか旅立ちやがって」

「ずっと近所にはいたけどね」

「……ムゥ?」

最初に気がついたのはチャドだった。
そして皆、そんなチャドに続くようにとある違和感に気付く。

「今誰か……」

「いちいち返事返してなかった?」

そして見回してみると、いつの間にか自然に溶け込んでいる青メッシュの白髪が一人。

「って っ!!!!」

「「「「「…… !?」」」」」

最初に気付いたのはやはり、いつも心のどこかでその姿を探していた竜貴だった。
そしてそんな声に誘われるかのように皆が竜貴の視線の先に目を向けると……

「や、ご無沙汰だね皆」

全員の視線が集まったところで片手を挙げて挨拶するのは、ここ10日間消息を絶っていた だった。
そしてそんな に問答無用でパンチを繰出す竜貴。

「っと!? なんか鋭くなってないっ!? さすが日本一強い空手女子高生だ」

「っ!? な、なんでっ――!?」

「今朝聞いた。インターハイ優勝したんでしょ? おめでとう、たつき」

柔らかく微笑んで祝辞を述べる
と、途端にたつきは拳を下ろし、顔を紅く染めて、

「あ……ありがと」

と恥ずかしげに俯いた。

「……いや、なんか久々にみたなこのやり取り」

「相変わらず見事なこの扱いっ!」

「有沢さんが可愛く見えちゃうのはやっぱ、 の前が一番だよねぇ」

「ムゥ」

「たつきちゃんよかったね〜♪」

「……ってちょっとまてたつき、

久々の と竜貴のやり取りに完全に観客と化していた残りのメンバーだったが、一護がそんな中ようやっと気がついた。

「今インターハイで優勝とか言わなかったか?」

「言ったよ? ねぇたつき?」

「うん。この前のインハイであたし、優勝したんだ」

((に、日本一強い女子高生がこんなトコにっ!!?))

知らなかったのは一護、啓吾、水色の三人。
は夜一に毎回報告してもらっていたし、織姫とチャドはずっと一緒に修行してきたので当然本人から聞いている。
そんなこんなで大騒ぎをしながら花火会場である隣町に向かって歩いていると途中で一心、夏梨、遊子といった黒崎ファミリーが合流し、全員で朝から確保してあったポイントに移動する事になる。
そんな中 は、

「ごめん一護、姫ちゃん。ちょっとたつき借りていいかな?」

と走っていこうとする一護と、竜貴の隣を歩いていた織姫に声をかけた。
急な事に驚いている竜貴の顔を見た二人は互いに顔を見合わせると、

「じゃあたつきちゃん、頑張って! 黒崎くん、いこっ」

「おう。多分去年と同じ場所辺りだろうから、後でこいよ」

と少々勘ぐった笑みを浮かべながら走り去った一心たちを追いかけていった。
そして残された と竜貴。
と言っても竜貴は突然の事に何をどう切り出していいのかすら分からずに のほうをチラチラと窺っている。
そのまま川の縁まで降りていく を竜貴も追いかけるように降りていくと、

「たつき……改めて、優勝おめでとう」

と振り返った がそう言って、ポケットから小さな包みを取り出した。

「今回は応援行けなかったから……お祝いとして受け取って」

そう言って差し出されたその包みを竜貴は、ゆっくりと受け取った。

「開けても、いいの?」

が笑って首肯するのを見てから、包みを開ける竜貴。
すると……

「これ、リストバンドと……ネックレス?」

出てきたのは真赤なリストバンドと、同じく赤い石のついたシンプルなネックレス。

「最初はリストバンドを用意してたんだけど、優勝のお祝いにはちょっとと思って。ちょっとキザっぽいかも知れないけど……たつきは女の子なんだから、せめてネックレスくらい。ね?」

そう言いながら少し顔が紅いのは、決して夕焼けの所為だけではないだろう。
竜貴も竜貴でそのプレゼントを前に驚いてしまって声もない。
自分一人呼び止められた理由が何か特別な話である事を何処か期待し、それがただのインハイ優勝の祝辞だと分かって少し落胆し、そしてそこに少し力の入った感じのプレゼント。
今朝聞いたという事を踏まえると は、恐らく合流までの時間を使ってプレゼントを選んでいたのだろうという事が竜貴にも簡単に想像できる。
そんな小さな事で心が踊る自分にどう対処していいのかわからない竜貴は、プレゼントの包みを持ったまま呆然と突っ立っていた。

「……良かったら、付けてみてくれない?」

「へっ!? あっ、もっもちろんっ!!」

そんな中少し気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いてそういった の言葉に慌てて反応し、まずはリストバンドを手首に装着。
一体何処で見つけてきたのか、クールでシンプルなドラゴンの刺繍が銀色で施されているのは多分、竜貴の名前に掛けたものなのだろう。

「うん。あんまり仰々しく見えなくて良かった、その龍」

「せめてドラゴンっていってよ」

自分の名前があまり好きではない竜貴もそのリストバンドは気に入ったらしく、満足げにそれを眺めていた。
……それが からのプレゼントでなくてもそうだった保障は何処にもないが。
そんなリストバンドで多少普段のたつきが戻ってきたのか、こともあろうに彼女は残ったネックレスを に差し出して、

「あたしネックレスとかしたことないからさ、 がつけてよ」

と大胆な要求をする。
当然の事ながらそんな竜貴に驚いたが、それが竜貴の望みならばと は首を縦に振って竜貴の背後に回った。
そんな に驚いてしまったのが誰あろう竜貴本人。
しかし自分が口走った事を思い出すと今更断わるのもおかしい気がするし、何よりこんな背中から抱かれるような役得は滅多にない気がして結局大人しくされるがままになる。

「……よし、出来た」

かなり傍に感じていた の体温が離れていく。
そして胸に踊る透き通った赤い石を見た竜貴は、何故か心が温かくなるような感じを覚えた。

「……うん、よかった。似合ってる」

だから、普段ならテレてしまうような のそんな言葉にも竜貴は、

「ありがとう」

と素直に返せた。
いつもと違う本当に女性らしい竜貴の艶やかな微笑み。
そんな笑顔に は、いつになく自分自身が竜貴を意識している事に戸惑う。
しかしそんな時……

「……え? もう始まった?」

いつの間にか瑠璃色に染まった空に打ちあがった花火の音とその華やかさに、それらの思考はすべて遮られた。

「やばっ! はやく行くよ っ!」

「……だね」

いつもの明朗快活な少年のような笑顔に戻る竜貴と、そんな竜貴に柔らかい笑顔で応える
笑顔で前を走る竜貴のその手首を彩るリストバンドと、胸元で揺れるネックレスの赤。
それらが視界に入った は、改めて決意を固めた。

「……たつき」

「んあ?」

「絶対……全員無事で戻ってこような」

「……うんっ」
















そして一週間後……時は、満ちる

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