BAMBOO BLADE EX.
6th SLASH
原田小夏は、今までにないほどの力の差を感じていた。
「め…めぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっっっ!!!!」
先ほどから何度も、何度も打ち込んでいる。
彼女自身、自分の実力が自慢できるほど高いなどと思った事は一度もない。
しかしだからといって今まで自分が懸命に打ち込んできた練習を否定する気はないし、きちんとそれらは身になっているとも思っていた。
しかし今、彼女が対峙している相手は……
「…………」
「くっ……籠手ぇっ!」
「…………」
小夏がどこをどう打ち込んでも、無言でそれらをいなし続ける。
というよりも……
(こ、こんなの……無理だよぅ……隙が、ぜんぜんない)
まったく、勝てる気がしなかった。
今までどんなに実力差のある相手と試合をしても、ちらっと隙のようなものは見えていた。
それが勘違いだったのだとしても、今なら打てるという感覚を覚えたこともあった。
事実、それらを信じて勝てた試合だってあった。
しかし今回に限っていえば、そんな感じがまったくない。
(なんかもう……どこに打ち込んでも無駄って気しかしないよぉ)
泣きたくなってしまう小夏だったが、それでも先鋒として、副部長としてこんなところで試合を投げ出してしまうわけにはいかない。
実は、相手がなのだから本当ならもう決まっていていいはずの試合がそうなってしまうのにはもう一つ、理由があった。
それは……
は、戸惑っていた。
確かに引き受けはしたし、投げ出すつもりもない。
寿司もかかっているし、ここで投げ出せるほど無責任でもない。
しかし……
「あ、あのさキリノ……」
「……うん」
「あ、あの……先輩、どうしたんでしょう?」
「……攻めてないし、動きがちょっと悪いです」
そう。
は試合が始まってから今まで、一度も打って出ていなかった。
最初の内は普段どおり、カウンター狙いのの戦法かと思っていたキリノだったが、さすがにそうでない事はタマの言ったとおりの動きの悪さで分かる。
そしてその理由もキリノは、すぐに理解出来た。
つまり……
「……声が出せないんだよ、くん」
「「「……え?」」」
「皆もう、くんがあの格好になっちゃってるから忘れてるのかも知れないけどさ……くんの地声、覚えてる?」
「地声、ですか?」
「??」
キリノの問いかけにミヤとタマが首をひねる。
と、サヤが分かったとばかりに顔を上げた。
「っ! そっか! 声かっ!」
「そう、声だよ。格好はあんなに女の子になっちゃってるけど、声までは変えられないでしょ? まして試合中に大声張り上げないといけないんだし」
キリノの言葉をそこでミヤも理解した。
「そういえば先輩……声低かったですよね?」
「……声が低いと、駄目なんですか? カッコいいと思いますけど」
どうやらタマはまだ分からないらしい。
むしろブレードブレイバーっぽくてちょっとカッコいいと思っている様子。
まぁ、そんな所もタマらしいとキリノは、苦笑いしながら説明役を買って出た。
「ううん、たしかにくんの声は低くてカッコい…じゃなくて、それはそれでいいんだけどさ。タマちゃん……そんな声の女の子、見たことある?」
「??…………………………あ」
長い沈黙の末、タマもようやく理解した。
が声を出せない理由。それは……
「バレちゃうんですか」
「バレちゃうだろうねぇ」
「そりゃバレますよね、あの声じゃ」
「うんうん。カッコいいんだけど、女の子の声じゃないよねぇ確実に」
そんなこんなで時間は進み……
「それまでっ!」
ダンの合図を見た石橋が時間切れを宣言し、第一試合レイハ()対原田小夏は引き分けという、以外全員が納得いかない結果で終わった。
キリノやサヤ、ミヤ、タマはもちろんの事、誰よりも……
「……なんで負けなかったんだろ?」
対戦していた原田小夏が納得していなかった。
「ま、まぁよしだっ! あんな相手に負けなかっただけでも万々歳だろっ!?」
「でも、一度も打たないなんて……よっぽど気弱な人なんでしょうかね?」
「……なんか、親近感が沸いてくる」
「……うぅぅぅぅぅぅ……」
例外こそあれ町戸の面々は皆、実力差は目に見えていた相手から引き分けを取ってきた小夏を笑顔で迎えていた。
そんな中やはり、一人納得のいっていない小夏。
(絶対……絶対何かあるんだ。打ち込んでこれない訳が……)
ようやくそこに思い至った時、丁度その対戦相手だったレイハがコジローに一言話して更衣室のほうに消えていくのが目に入った。
それを見た小夏は、考えるより先に動いていた。
「ごめん。ちょっと洗面所で顔洗ってくるね」
「おー、いってこいいってこい」
麻耶が手を振るのを視界の端に捕らえながら、しかしその視線は更衣室のほうへと向いている。
自分の対戦相手に一体どんな秘密があるのか。
実力では完全に上なのに、一度も打ち込まずに引き分けた理由はなんなのか。
普段は受け身な性格の小夏だったが、試合直後で気分が高揚している事も手伝ってそんな他人のプライベートを除き見ようとする自分に歯止めが利いていなかった。
「えっと……失礼しまーす」
は、固まっていた。
いや、最早固まる以外にどうしようもなかった。
「……な……なんとか、終わった」
試合後は、キリノ達のねぎらいの言葉もそこそこに聴いてコジローに声をかけた。
「……着替えて……帰ります」
一応聞かれてもバレないように、低い声ながらも短くコジローに告げる。
驚きながらもすぐに理由を察したコジローが短く、
「お疲れ」
と肩を軽く叩くと、それを合図には静かに、誰にも気づかれないように更衣室へと向かっていった。
……少なくとも自身はそう思っていた。
キリノ達には見つかろうがなんの問題もないし、用は相手の町戸高校の剣道部員や顧問に見つからなければいいのだ。
その町戸高校の剣道部員はとりあえず初戦を、力量が上に見える相手に引き分けで終えて気を抜いているだろうし、顧問の石橋は力量的にその試合の流れの不自然さに気づいているとふんでいたので、混乱しているところを上手く掻い潜ってきた。
はそれで完璧だと思っていた。
しかし……
「えっと……失礼しまーす」
そんな幻想は、脆くも崩れ去った。
しかも、結構悪目の状態で。
「………………」
「………………」
状況、半裸半女装(結構似合ってる)の男()が、ワイシャツを肩にかけているだけの状態で今まさに袴に手をかけようとしてる。
そしてそれを他校の、つい先程まで対戦していた小夏が目撃している。
そして、目が合う。
「…………あ」
「…………え?」
両者、ほぼ同時に状況を把握。
は、自分の女装がよりによって対戦相手にばれたという事実。
小夏は、自分がまったく手も足も出なかった対戦相手が実は男だったという事実。
「…………」
この時点では受身にならざるを得ない。
たとえ根本的な理由がコジローとの勝負を急いだ石橋にあるにせよ、自分にも利があって女装を引き受けたには最終的には謝る以外に起こせる行動がない。
ここで騒がれてしまってはすべてが水の泡なので、なるべく事を大きくしないようにする為に今は、相手が冷静にと接してくれるのを待つのが上等策なのだ。
そして小夏はというと、冷静というよりは軽いショック状態で騒げないという不思議な状態。
目の前の光景に頭がついていっていないといったところなのか、
「……えっと……男の子?」
と明らかに見れば分かるような事を確認する始末。
基本受身でいようと考えていたはここで早々に、小夏に主導権を握らせる事を諦めた。
そして、
「ごめん。ちょっと話をさせて」
と小夏の横をすり抜けて更衣室の戸を閉める。
そして未だ事態の整理がついていない小夏を半ば強引にベンチに座らせると、
「実はね……」
と、今回の事の経緯をすべて彼女に打ち明けた。
「…………はぁ…………そうなんですか」
「…………そうなんだ……ってどうした?」
の話した、今回の彼の女装の真相。
それを聞いた小夏は彼に同情する気持ちと申し訳なさで涙が溢れそうだった。
元はといえばそもそもの原因は自分達の顧問にあったのだ。
人数が揃っていない室江高校剣道部と、そちらの顧問が自分の後輩であるがゆえに半ば強引に話を進めて練習試合をくんだのだ。
そのまま戦っていればルール上、先輩である石橋が育てた剣道部と1勝のハンデまでプレゼントした状態で戦わないといけなかったコジローがなんとかしてもう一人と思ったその気持ちは、小夏にも理解出来た。
…………まぁ実際はお互いに子供っぽい理由で引くに引けなかっただけで、もで寿司に釣られていただけなのだがそこは上手く誤魔化した。
しかしそんな事とは知らない小夏は、
「ご、ごめんなさい。ウチの先生がヘンな事言い出したから……」
と本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
しかしそんな事をされてしまっては逆にのほうが罪悪感に苛まれてしまい、
「い、いいよ別に。ほ、ほらウチの部って男子三人だけだからさ。俺も試合の空気の中に久々に入れて嬉しかったし、ね?」
と何故か慰めに回ってしまっている。
「と、とにかく、出来れば……出来ればでいいんだ。この事、他の町戸高校の部員さん達とかには言わないでもらえないかな?」
「は、はい。それは……」
「ほっ……ありがとう。えっと……原田さん、だったよね?」
「は、はい。原田小夏です」
「俺は。じゃ、そこの窓から一回出て道場に戻るから。よろしくね」
そういい残してするすると窓から外へと飛び出していったの後姿を、小夏は驚愕の表情で見つめていた。
「、……ってあのっ!?」
そう。小夏も小さい頃から剣道を好きで続けてきた剣道少女。
ともあれば、小学生の時とはいえすぐ傍の地区で有名選手だったを知っていてもおかしくはない。
事実小夏も、の名前は当時同じ道場に通っていた強かった少年達から名前を聞いていたし、大会に同門の男の子達を応援に行った時に試合を見た事もあった。
そんな有名人と、いつの間にか自分が二人きりで話していた。
それだけでも小夏にとっては一大イベントだったのに、さらに……
「わ、わわ私っ……に稽古つけてもらったっ!?」
先程小夏はと打ち合っていたのだ。まぁ、正確には小夏が打ち込んでいたのをがいなしていただけだったのだが。
しかし小夏の中ではあれはもうすでに試合ではなく稽古、しかも個人レッスンといってもいいくらいのものに昇華されていた。
「あ、後で色々聞いとかなきゃ! アドバイスとかもらえるといいな」
そんな尊敬されているとも知らずは……
「ふぅ……原田さん、いい人で良かったぁ」
窓から抜け出して外に出た後、直接道場に戻らずに一服していた。ファ○タグレープで。
「もう俺の出番はないだろうし、ちょっとくらいいいよね」
そう呟きながら缶を傾けるその姿は、どこからどう見てもサボりの男子学生にしか見えなかった。
「これ飲んだら戻ろ」