BAMBOO BLADE EX.
5th SLASH
「ま……まぢですか?」
「おう。大マジ」
対戦順を発表していた時だった。
コジローの口から飛び出してきた言葉に は冷汗を流す。
「「ちょっ!? あ、ありえないっしょセンセー!?」」
「……はぁ?」
「……??」
続いてキリノ達も復活。
ミヤは呆れて首を傾げ、タマはわけが分からないと首を捻る。
「いやまぁ……確かに……背の割に華奢だし、顔もちょっと女顔ですけど……」
「無茶苦茶だな」
ユージとダンも、まぁ無理ではないかも知れないが無茶苦茶だという意見で一致しているようだ。
しかし、
「だって仕方ないだろっ!? もう先輩待ってくれねぇし、部員だって全然増える気配ねぇし!」
コジローもコジローでかなり切羽詰っているらしい。
涙ながらにそう語るコジローに、少し同情的な視線が集まる。
「だから頼むっ! 今回だけっ! 正式な試合じゃないからバレても問題にはならんし、勝てたらちゃんと“例の件”先輩にとりなすからっ……」
そしてコジローは土下座しながらもう一度言った。
「 ッ! 今回だけ女装して試合に出てくれっ!」
練習試合当日。
コジローに半ば無理矢理勝負を吹っかけた石橋賢三郎は、自分が顧問をしている町戸高校の女子剣道部員達を迎えにワンボックスカーで学校に乗り付けていた。
待ち合わせ時間は午前9時、だったのだが……
「あの…すみません先生。まだみんな来てなくて……」
9時45分を過ぎても、その場にいるのは石橋の他にはただ一人。
副部長の原田小夏が申し訳なさそうにそういいながら携帯を弄る。
どうやら他のメンバーに連絡を取ろうとしているらしいのだが、まったく事態は好転しない。
「もういい原田。乗れ。車で探して回収する」
「は、はい」
もう自分達からここに来そうな奴は、あと一人程度だろう。
そう判断した石橋は待つ事に見切りを付け、小夏を助手席に乗せて車を発進させた。と……
「おっ、西山だ」
校門の所で部員の一人、西山佳恋を発見した。
見た目は貫禄もあるクールビューティーなタイプで、実力もかなりのものなのだが、気が弱すぎて試合から逃げる癖がある厄介者だ。
「あ、逃げた」
今回も同じらしい。“行くべきか、行かざるべきか”の行かざるのほうにやや比重を置いた感じに迷っていたのだろうと推測した石橋は、一気にアクセルを踏み込んで逃げる佳恋の前に回り込んで、
「よし原田っ! 拉致れっ!!!!」
問答無用で車に引きずり込んだ。
と、それとほぼ同時に横尾麻耶と、麻耶に引きずられてやってきた浅川明美を発見。二人も回収する。
「いやぁお迎えすんませんっす、先生っ! コイツ連れてくるのてこずってっ!」
そう言って豪快に笑う麻耶は、かなり身体のデカい姉御肌な女の子。
声もデカく、剣道の実力もたしかだが、とにかく男勝りすぎて対戦相手を泣かせてしまった事もあるほどの豪快さだ。
そしてその麻耶に引きずられてきた明美はというと、練習すれば強くなると石橋も認めてはいるが如何せん彼氏最優先。
練習もサボりがちな、いわゆる今時の女の子だ。
ちなみに今屍のようになっている原因も、その彼氏がらみだと容易に推測できる。
「よし。後は安藤だけだな。直接家まで行くぞ」
ようやっと四人揃えた石橋は、そう言って安藤こと安藤優梨の家を知っている生徒に助手席に移るように告げると、もう何本目になるかも分からないタバコを灰皿に押し付けて煙を溜め息と共に吐き出すのだった。
その頃、室江高校剣道部道場では……
「……………………おぉ……………………」
「……いや、そのマジな反応は勘弁してください。コジロー先生」
「 先輩……ですよね?」
「……誰に見えるってんだ? ユージ」
「ホントに女の子みたいだぞ、 先輩」
「言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
の女装お披露目となっていた。
なっていたのだが、あまりの出来栄えに笑い飛ばしてやろうかと思っていたコジローが言葉を失ってしまった。
「いやぁ、結構わからないもんだねぇ♪ どう? あたしのブラ、パット付きヴァージョンは♪」
「ホント! あたしよりちょっと背が高いけど見た目じゃ多分バレないよ、 ! それにしてもあたしの胴着はいってよかったぁ」
「メイクもウォータープルーフですから、汗掻いても大丈夫ですよ」
女装を手伝ったキリノとサヤは、その出来栄えに満足したようにうんうん頷いている。
メイクを一手に引き受けたミヤも、心なしか楽しそうだった。
そんな三人、特にキリノとサヤの言葉に は、自分が今身に付けているものが誰のものかを強く意識してしまって顔が真赤になってしまっている。
そしてタマは……
「……女の子だったんですか?」
根本的に何か間違っていた。
「そ、それは……」
タマのあまりの一言にがっくりと膝を付く 。
いつもは襟足で纏められている髪の毛が、今日は三つ編の形で弱々しく顔の横に下がる。
ちなみにすべて自毛ではなく、簡易型のエクステを使って長さを稼いだらしい。
ユージとダンに心から同情するような視線を送られ、最早再起は難しいかもしれない。
「いや、でもちょっと前までいたよなぁこんな娘」
そんな をフォローするでもなく呟いた、コジローの何気ない一言。
それにキリノとサヤが反応する。
「そっすねぇ……なんかこぉ、セーラー服着てちょっとのどかな道歩いてそう」
「あーわかるわかるっ! セーラー服は紺色で、スカーフは赤でしょ? んでそばかすっ娘」
そしてそこにミヤのとどめの一言。
「鞄は両手で前に、ですか?」
「「っ! それだっ!」」
こうして は、町戸高校の連中が遅れているばっかりにキリノ達の玩具にされてしまうのだった。
そんな大騒ぎの中だったから、
「でも、男にしては髪長めだったけど、ああやって三つ編にするとまたちょっと違った感じになるよね。ホント、ぱっと見女の子みたいだ」
「…………髪、伸ばそうかな…………」
ユージの何気ない一言に少しだけ反応したタマの呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
「寿司の為……これは全部寿司の為……」
「何言ってんの? 」
「に、にゃはは〜……頑張れ、 君」
「…………うい」
「でもさすがにちょっと背が高すぎる気が……」
「「「「「…………あ゛」」」」」
「???」
そして、無事安藤優梨を回収した町戸高校剣道部の面々はというと……
「いや〜すみませんね。朝は頭にうまく血が回らなくて〜……アレ? 世界が斜めですね?」
ファミレスにいた。
「甘いもの食べないと試合なんかとてもとても……」
そう言ってパフェをぱくついてるのは安藤。
石橋達が迎えに行った時もまだ惰眠をむさぼっていた、町戸高校女子剣道部練習試合メンバー最後の一人だ。
もう約束の時間はとっくに過ぎているが、こうなってしまうともう石橋にはどうしようもない。
なるべくさっさと食べさせて室江高校に向かうより他に手がないのだが……
「すいませーん! スパゲティとグラタン! あとピザもくださーい!」
「勝手に頼んでんじゃねぇよ!?」
もう暫くかかりそうな雰囲気だった。
「や……やっとついた……」
「…………お待ちしておりました」
時刻は午後12時28分。
町戸高校剣道部の面々はようやく室江高校にたどり着いた。
ファミレスを出た後道に迷う事数知れず。コンビニで地図を買おうとして立ち寄ったコンビニの場所が何処だかわからずに更にドツボに嵌り……と、結局集合時間から3時間半かけてやっと到着した石橋達を待ち構えていたのは、コジロー等室江高校剣道部の不満タラタラな表情だった。
そして……
「あれだけ……あれだけ遊ばれて結局……」
道場の隅に座り込んでしまっている は、紆余曲折を経て結局シンプルにキリノとお揃いのポニーテールに収まっていた。
……つまり、いつもの髪型に。
時間が余りに余っていたキリノ達は、結局三つ編を諦めていた。理由は極簡単。背が高いから。
そしてそれから今までずっと、背が高くても似合う女の子らしい髪形を模索し続けていたのだが……
「ツインテール、パイナップル、サイドテール……散々試して結局これ……」
「……着いたばかりだが時間もないし、その……試合にしたいんだが…………あの娘はどうしたんだ?」
「あ、あぁ……ウチの先鋒です」
「……だ、大丈夫なのか?」
「え、ええ……ほ、ほらっ。身体がデカいでしょ、アイツ。なのに少し気弱なんで、センパイ達が遅れてる間に色々弄られてまして……髪の毛とか」
「そ、そうか……」
散々弄られた挙句にいつもの姿エクステを着けただけという状態に落ち着いたという理不尽さに打ちひしがれ、そして今もまた腫れ物っぽい扱いを受けて……
「もう……さっさとやりましょお」
……開き直った。
「あ、開き直った」
「開き直ったね〜」
「開き直りましたか?」
「開き直ったんですかね?」
「自棄になったとも言うぞ」
「???」
そんなこんなで着替えを済ませた町戸高の生徒達。
男にしては少し華奢だが女の子にしては体格が良くなってしまう の事はそれなりに心配されたが、それもその着替えが終った時点で解消された。
「向こうの大将のほうが体格がいいね」
「よかったね〜 。ばれにくくなったよ」
「……それはそれでどうかと思うんだけど……まぁ、バレないのは嬉しいかな」
「今日は早めに勝負決めて帰ったほうがいいですよ?」
「そうだぞ? 折角先鋒にしてもらったんだから」
というわけで練習試合開始。
相手の町戸高校の生徒達が着替えている間にさっさと面をつけてしまった は、誰よりも早く準備を済ませていた。
「室江高校先鋒! ……か、 …レイハッ!!」
コジローの無理矢理なネーミング。
間違いなくタマのハマっているブレードブレイバーから取っただろう名前に、室江高校剣道部一同が冷や汗を流す。
が、まさか石橋達も男が女装して紛れ込んでいるなどとは思うはずもなく、
「町戸高校先鋒! 原田小夏!!」
少し名前につまったコジローを訝しげに見ただけですぐに小夏を開始線に送り出した。
(うわぁ……スラッと背が高いなぁ……横尾さんよりもちょっと高いくらいかな?)
礼をして中心に歩いていくまでの間に自分の相手である を見上げる小夏。
背だけで言えば女子としてはかなり長身の部類に入る相手だったが、小夏も長くやってきた経験上身長差のある相手との戦い方も身につけている。
(体付きも、横尾さんまでとは言わないけど男の人っぽいなぁ……)
しかし小夏の第一印象の は、道場の隅でイジけていたあの姿。
(でも……顔は凛々しい系なのに気が弱いって所は西山さんかな?)
そんな事を考えながらも決して気を抜いたりはしない小夏。
しかし彼女はこの後、いかんともし難い実力の差を体感する事になる。
「はじめっ!!!!」