BAMBOO BLADE EX.

4th SLASH










「というわけで、サヤが戻ってきました〜

……いや、どういうわけ?」

タマが剣道部に正式に入部してから激動の日々だった。
全員で防具を揃えたり、コジローがタマにまったく敵わなかったり、防具が学校に届いたり、コジローが にも敵わなかったりと、それはもう目まぐるしい日々だったが、その中でも特に印象的だったのはミヤの喫煙とサヤこと桑原鞘子の一悶着だった。
ミヤの喫煙を偶々目撃したサヤが注意しただけだったのだが、ミヤはその時ヤンキーモード全開で睨みつけ、タバコを箱ごと投げつけてしまい、後にサヤが剣道部員だと知ったミヤが紆余曲折の果てにサヤに謝罪し一件落着という、まるで何処の3年B組だといわんばかりの展開があったのだ。
まぁとにかくサヤとミヤが和解したおかげで女子部員が4人になったのだが、キリノはここで一つ忘れていた事があった。それは……

「あれ? サヤだよな? キリノの親友の」

も小学生時代のサヤを知っているという事。
そしてさらに……

「え?…… !? !? うそっ!? え、ちょ……マジッ!?」

「久しぶり、サヤ。相変わらず元気だね」

「あ……うん。あ、ありがと」

かつてサヤもまた、キリノとは違った理由から に憧れていたということを。












「それにしてもまさか がウチの剣道部に入ってたなんて」

ここは剣道部の女子更衣室。
キリノ、サヤ、ミヤ、タマの四人が珍しく一緒に胴着に着替えている。
そんな中一番に上がったのは、サヤのそんな不満そうな声だった。

「キリノ一人で 独り占めなんて……親友に裏切られた気分」

「おいおい。言っとくけどあたし、ちゃんとメールに書いたよ?君が帰ってきたって」

……え゛?」

「帰ってきたって分かったその日の夜にメールで送ったはずだよ? 一緒にやってるから早く復帰しろって」

苦笑しながらそういうキリノの顔を信じられないものでも見たような目で見ていたサヤは、着替えもそこそこに自分の携帯にたまったメールボックスを慌ててチェックする。
そしてすぐにこの世の終わりのような顔を上げた。

「よ、読み忘れてるぅぅぅぅぅぅぅ!?」

「そんな事だろうと思ったよ」

「こっ、こうなったらっ! これから思う存分元とってやる〜!」

「コラッ!? サヤってばっ! 着替え着替えっ! ちゃんと胴着着なって!」

取り乱して下着姿のまま出て行こうとするサヤをキリノが羽交い絞めてなんとか止める。
今までそんな光景を見ていたミヤが、ふと控えめに手を上げて質問の意を示した。

「あのぉ……キリノ先輩とサヤ先輩は、 先輩とはどういう関係なんですか?」

そんな質問に動きの止まった二人。
互いの顔を見合わせると、少しテレくさそうに笑った。

「あたしが剣道始めたきっかけが 君ってのは前に話したことあったよね? サヤも、一緒にその 君の試合見てたんだ」

「その時、子供ながらに思ったんだ。ああ、極めるってこういう事かって」

「ず、随分大人びた子供だったんですねぇ。サヤ先輩」

「き、極める……

サヤの言葉に思わず苦笑してしまうミヤと、その言葉の壮大さによく分からない感動を覚えるタマ。

「で、それ以来サヤは、自分も自分に極められるものを探してた……はずなんだけど……

そこでキリノが困ったように頬を掻く。

「なんでか知らないけどいつの間にか、あれもこれもって色々やるようになっちゃったんだよねぇ」

「あはははは……なんか、やる事全部結構楽しくてさ。極められそうなのが見つからないなら、いろんな事が出来るようになるのもいいかなって」

そう言って誤魔化すように笑ったサヤは、袴の紐を最後にもう一度締めなおし、

「んじゃ。そういう事で、あたしも再会の挨拶に初稽古つけてもらってくるわ」

と、満面の笑みを浮かべてダッシュで更衣室を飛び出していった。
すぐにサヤが元気のいい声で に稽古を申し込んでいるのが聞こえ、苦笑するキリノ。
そんなキリノをみてミヤとタマも顔を見合わせ、少し表情を和らげる。

「さっ! あたし達も早く準備して稽古するよー!」












「来週だっ!」

「「……借金の返済期日ですか?」」

「違うからっ! 俺ってそんなにビンボーキャラかっ!?」

『はい』

「即答してくれるなよっ!?」

着替えて道場に戻ったキリノ達を待っていたのは、ユージとダンに借金ネタで弄られているコジローだった。
ビンボーキャラかという問いに、つい勢いで返事を返してしまったキリノ、タマ、ミヤの三人は、互いに顔を見合わせて気まずそうに笑う。

「女子の練習試合だよ。俺の先輩の教え子達が試合しにくるんだよ、来週」

疲れたように吐き出したコジロー。
そしてそれとは裏腹に、練習試合の決定に喜ぶキリノ。

「大丈夫なんてすか? 私達まだ4人しかいませんけど」

ミヤのそんな素朴な疑問にコジローは不適な笑いで答える。

「大丈夫だ。俺に考えがある」

そう言ってタマもちらっとみたコジローは、パンッと一つ手を打って気合を入れる。

「さぁ、練習だっ!……って、そういやサヤは?」

「センセェ、さっきから後ろで打ち合ってるの聞こえてないんですか?」

そこでは、キリノ達より先に気合充分で飛び出していったサヤが、 と打ち合っていた。
キリノが再会した時と同じく、特に苦も無くサヤの打ち込みを捌いていく

……おぉ」

「すごいな、 先輩」

「いやぁ、さっすがだねぇ」

「こうしてみると、やっぱり強いんですね」

思わず見入るユージに、感心してその様子を観戦するダン、キリノ、サヤ。
そしてタマは……

……

いつの間にか正座をして食い入るように見つめていた。
実力者は実力者を知る、といったところか。
部員達が完全に観客になったところで、サヤが決めにかかった。

「キエァァァァァァァ!!!!」

今まで捌かれ続けていた面と見せかけた籠手狙い。
軌道を逸らせて の竹刀を掻い潜ろうという、経験者ならではの一手だったが、

『あっ!?』

はなんと、その瞬間に右手を竹刀から離した。
そしてそれと同時に滑るように後退して、

「メェェェェェェンッ!」

左手一本の退き面。
一撃はものの見事にサヤの面に決まった。

「退き面っ! しかも左手一本で!?」

君両利きだからねぇ。にしても凄いや」

驚きを隠せないユージと、嬉しそうなキリノ。
初心者のダンとミヤにいたっては言葉も無い。

「面を打ちに突っ込んでくるサヤよりも早く後ろに下がりがなら左手一本で退き面、か。言うほど簡単じゃないぞ」

コジローは、忘れかけていた何かが燃え始めるのを感じている。
そんな中、何が起こったのか良くわかっていないサヤに、タマが声をかけた。

「サヤ先輩、代わって下さい」

……へ?」

「私も、 先輩とやってみたいです」

川添珠姫。初めて自分から、剣道がしたくて立ち上がった瞬間だった。










「さぁ、思ったよりも早くやって参りました。室江高校剣道部頂上決戦です。対戦カードは 君対タマちゃん。実況は私千葉紀梨乃。解説は……

「中田勇次でお送りします……って何やってんですか俺達」

「ん〜? だって面白そうじゃない? 君対タマちゃん」

「川添さんって強いの? キリノ」

「タマちゃんは強いぞ」

「ダンくん、お茶よ〜」

いつの間にか座布団を持ってきて放送席まで作っている部員達。
お茶とお茶菓子も用意して、完璧にお遊びな空気が立ち込めている。
そんな中……

……ホントにやるの? タマちゃん」

はかなりやる気が殺がれ気味。
完全に見世物扱いされてあまりいい気はしないのだろう。

「はい。お願いします」

対してタマは、もう他の事は見えていないといった感じ。
面も付け、すっかり準備万端といった感じで、真っ直ぐに の目を見つめる。

(タマちゃんとはやってみたかったけど……こんな形かぁ)

(さっきのあれ、なんかブレイバーっぽかった)

お互いの気持ちもかなりズレまくっている。
それでも、もう後には引けないらしい。

「ほら、さっさと構えろ」

面倒くさそうに言いながらもちゃっかり旗を持って、審判やる気満々のコジローに促されて、二人は向かい合って竹刀を合わせた。

「はじめっ!」

「すぅ……イヤァァァァァァァァァァァッ!!!!」

開始の合図と同時にもの凄い気合で相手を威圧しようとするタマ。
対して は、静かにスッと立ち上がり微動だにしない。
タマの気合にも全く動じずに、一切の表情を見せない。
そんな に、タマは果敢に打ち込んでいく。

「ァアァッ! メェェェンッ!」

鋭い面打ちを竹刀で防いだ
その後は暫くタマの一方的な打ち込みになる。

「おおっと! タマちゃんの本気の面が防がれたっ! 私達部員じゃ今のところユージ君くらいしかまともに防げない本気の面打ちでしたね」

「ええ。今のタマちゃんは完全に家の道場にいる時のタマちゃんです。あれは……なんと言いましたか。あの男子剣道部員を撃退した時以来のタマちゃん本気モードですね」

「そうですか。っとぉ! タマちゃん怒涛の連打連打ぁ! 籠手と面のラッシュです!」

「しかしあれはあまり効果が無いようですね。 先輩の体格じゃタマちゃんの体当たりなんて意味がない」

「たしかに。タマちゃんに押されてというよりも竹刀の打点を上手くずらす為にといった感じで動き回る 君! しかし手を出せないのも事実でしょうか!?」

「そうですね。 先輩はカウンターを得意としているようなので、タマちゃんもその辺は意識してたたみかけてるんでしょう。カウンターを出させないようにしつつ、 先輩を崩そうとしてます」

すっかりキリノに乗せられて解説者のなっているユージ。
観客組では一番の経験者だけあってさすがの解説ぶりだ。
そのとなりのキリノはというと、マイクに見立てた手ぬぐいを掴んで大興奮。

「更にたたみかけるタマちゃん! 手数がいつもより多い多いっ! 君もさすがに竹刀だけでは捌ききれなくなり始めたぁー!! っとぉ! タマちゃんここで引いたっ!?」

「ペースを変えてきましたね。今度はカウンター狙いの 先輩をあえて打ちあいに誘ってるんでしょうか」

冷静に分析するユージ。
しかし当人達は……

(おおっ!? 打ち込みが速い速い! それにちっこくてすばしっこくて……強いなぁこの子)

(あ、当たらないや。殆ど見切られてるし、入りそうなのも直前でずらされてる)

(う〜ん、これじゃあちょっとカウンターは狙えないな。バテる気配もないし……お?)

(サヤ先輩みたいに打ち込んでるのに打ってきてくれない……こ、攻撃が見たいのに)

なんだかんだで純粋に剣道を楽しんでいる
先ほどの一撃のような攻撃が見たいのでサヤと同じように打ち込んでみたものの、自分とサヤでは剣速や重さが計算に入っていないため上手くいかないタマ。
奇しくもそれぞれの思惑は一致し、タマが引いた。
訪れる静じゃ

『ズズ〜』

ただ皆がお茶を啜る音だけが響く。
そして、

(う〜ん、やっぱり自分から打ってきてくれない。じゃあ!)

タマが動いた。

「籠手ぇぇぇぇぇっ!!!!」

そして も動く。
タマの籠手打ちを払って、

「ってぇ!」

斜めに滑るような籠手打ち。
しかしタマとてその程度でやられるような実力ではない。
むしろ、これはタマにとっての絶好機となる。

「抜き籠手っ!?」

右手を竹刀から離して、更に払われた反動で振りかぶった状態に戻った竹刀を一気に振り下ろす。
俗に言う、抜き籠手片手面。
誰もが決まったと思ったその時、 はここで初めて自分から動いた。
スッとしゃがむようにしながら頭を前に出し、タマの面の打点を無理矢理ずらしたのだ。
そして、

「どぉぉぉぉぉぉっ!」

竹刀が の面の上に乗ってしまい、どうにもならないタマのガラ空きの胴に打ち込んだ。

「一本!胴ありっ!」

コジローの声が道場に響き渡り、終了を告げた。

……っつぅ〜……さすがタマちゃん。無理矢理ずらして当たったところが痛ぇ〜」

「えっ? あ、す、すいません……

「まぁ最後はホントに、あれくらいやんなきゃ勝てなさそうだったからしょうがないんだけどね」

「私も……決まる気がしませんでした」

そのままの状態で、お互いの健闘を称えあう二人。
はタマの綺麗で鋭く、隙の無い打ち込みをベタ褒め。
対してタマも、 の勝ち方がボロボロになっても勝てる機会を見逃さないヒーローのように見えて、言葉にこそはっきり出さないものの目を輝かせていた。
そしてそんな二人をただ眺めるだけになってしまった実況、解説と観客達は……

「あのレベル二人って……ウチの部、なにげに凄くない?」

先輩、前より凄くなってる」

「うぅ〜……私新入部員より弱いのぉ? ブランク長すぎたかなぁ? メソメソ」

「タマちゃんに勝てるなんて、 先輩凄いぞ」

……つ、強ぇ〜……

完全にオーディエンスとなっていた。
そしてコジローは……

「さてと……どっちの案でいくかなぁ……ぐふふふふっ」

なにやら企んでいるようだった。
たぶん……練習試合に向けて。

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