BAMBOO BLADE EX.

3rd SLASH










「さてと……川添さん?」

まだ半ば茫然自失といった状態の外山と対峙する前、 は丁度入れ替わりのような形になるタマに声をかけた。

「今の突き、お見事としか言いようがなかった。勢いも威力も申し分ない、黙らせるにはもってこいのまさに必殺技だね」

「はぁ……どうも」

の褒め言葉に少し頬を染めて短く返事を返すタマ。
褒められなれていない所為でどういった顔をしていいか分からないようだ。
そんなタマを楽しそうに眺めていた は、バトンタッチのつもりかすれ違い様にタマの頭を面の上からぽんっと軽く叩く。

「いいもの見せてもらったお礼に、ちょっと違った剣道をみせてあげる」

……? 違った……剣道?」

叩かれた頭を抑えて不思議そうにタマが振り返ったときには、 はもう既に外山の前に立っていた。
小さく微笑みを浮かべ続ける に、呆然としていた外山の嗜虐心が再び擽られる。

「あのまま何も言わなきゃ良かったのになぁ。テメェ、調子に乗って出てきやがって……後悔すんぜ」

……そうだといいねぇ」

立ち直りの早いところや今までの醜態をもうすでに忘れている辺りにとてつもなく小物っぷりを醸し出す外山。
そんな外山と対峙する に向けられる視線は概ね期待のこもったものだ。

「あの人……強いんですか?」

タマが取り合えず防具だけ外してキリノの隣に立つと、そんな事を聞いた。

「違った剣道を見せてくれるって言ってました」

「違った剣道かぁ……どんなんだろ? ワクワクするねぇ

……心配じゃないんですか?」

「全然だって……

そしてキリノはとびっきりの笑顔でタマに応えた。

「今は 君が剣道部最強だもん










「んじゃまぁ……始めっ!」

いつの間にか審判として立つコジローの声を合図に、外山が思い切り振りかぶった。
カーボン竹刀での大振りが当たれば、たとえきちんと決まっていてもかなりのダメージがある。まして外山本人に綺麗に決める気など全くない。しかし、

「ふっ!」

外山より後に同じく大きく振りかぶった の竹刀が外山のそれよりも先に振り下ろされた。

「めぇんっ!」

「ぐっ?!」

そして 自身はその場を一歩も動かぬまま、振り下ろされた竹刀は外山の面に綺麗に決まり、そしてそのまま床スレスレまで真っ直ぐ振り下ろされた。
まだ竹刀を振り上げたままの状態だった外山。
その場の誰もが構わず振り下ろしてくると思ったが、そんな予想に反して外山は短く苦痛の声を上げて力なく竹刀を下ろした。
その間に は素早く間合いを取っている。そして再び の竹刀がすっと音もなく流れるように上がり、

「ってぇ!」

また鋭く、今度は外山の籠手に振り下ろされた。

「ぐあっ?!」

また床スレスレまで振り抜かれた竹刀。
外山も今度は明らかな苦痛の悲鳴を上げるが、 はそれに構わずもう一度振り上げ、

「籠手ぇ!!」

同じ所をもう一度。

「うぐぁぁぁ!!」

激痛のあまり竹刀を落としてしまう外山。
そんな彼の頭に、

「めぇんっ!!!!」

最後に一撃、今度は完全に踏み込んで決めた。
振り下ろした竹刀を巧みに操りながらぶつからずに外山の脇をすり抜けた は、まるでお手本のように残心を見せる。
全員息もつけない。
そんな中、打ち込まれた外山は低い呻き声を上げながら手首を押さえてとうとうその場に蹲ってしまった。

「お、おい外山? どうしたんだよ? 籠手と面を二回ずつ打たれただけだろ?」

そう言いつつも外山の防具を外してやる岩佐。

「な、なんだこりゃ?!」

そして籠手を外した時、岩佐は素っ頓狂な声を上げた。
誰ともなくまわりに集まる 以外のその場にいたメンバー。
皆の目に飛び込んできたのは、

……うわぁ」

「いたそー」

赤紫に変色した外山の右手首だった。
思わず声を上げてしまったユージとキリノの声を聞いて覗き込んだコジローは、それを見て が何をしたのかを理解する。

「岩佐、後片付けはしておいてやるから外山連れてってやれ」

追い払うように手をしっし、と動かすコジローを忌々しげに睨んだ岩佐。
しかし今だ蹲っている外山を見て思い直し、肩をかして道場を出て行った。
そんな中マイペースに防具を外していた

「どう? あんな剣道は?」

そう言ってタマに笑いかけると、タマは何かを言おうと口をひ――「なにあれっ?! どうやったの!?」――らきかけた所でキリノが目をキラキラさせながら詰め寄ってきてその声はかき消された。
後から他の面々も続々と集まってくる。
そんな中、

、お前とんでもないな」

コジローが珍しく真剣な表情で皆の後ろから に声をかけた。

「あれ、今のスポーツとしての剣道が広まる前の、剣術からの派生の剣道だろ。俺のじいさん達の世代とか、もっと前の剣道だ、あれは」

「え? なになにセンセ? どういう事?」

聞きたかった事をコジローが答えたような気がしてキリノが首を傾げる。
他の皆も大体同じような事を聞きたがっているらしい事を見て取ったコジローは、詳しく話して聞かせることにした。

「あれはさっきも言ったとおり、俺のじいさん達のとかそれ以前の世代の剣道。剣道ってのはそもそも真剣で人を斬るための練習だったってのはわかるか?」

「正確には剣術が、ですよね? たしか剣道は廃刀礼の後の武道としてのものだったと……

「ああ、ユージの言うとおり。でも刀捨てたばっかりの人間にいきなりスポーツがどうこういっても無理な話だ。だから剣道ってのははじめは刀を使わない剣術だったんだ。意味、分かるか?」

コジローの問いかけに首を捻る一同。

「つまり、剣道は昔、刀を使わないけど刀の使い方を教えるものと同じだったって事だよ」

がその問いに答えるが、皆はまだ分からないといった表情だ。

「それがさっき 先輩がやったこととどう繋がるんですか?」

「いい質問だ、ミヤ。そもそもミヤ、刀ってのは振れば斬れるものだと思うか?」

「え? えっと……違うんですか?」

「ああ、違う。斬るって言うのは振る、押す、引くの三つが揃って初めて出来ることだ。包丁だってそうだろ?」

……ああっ! たしかに上から押すだけじゃ切れないねぇ」

思い当たる節があったらしいキリノが一番にそう声を上げる。
ミヤとタマもそれは同じらしく、納得したように頷く。

「今の剣道はどれだけ綺麗に決めるかだから綺麗に当てて、音を響かせる。昔のもルール上はそうだが、元が刀の振り方だから当然、相手を戦闘不能にする事が出来るんだ。つまり攻撃が重い

それを聞いた皆は先ほどの の打ち込みを思い出し、納得したように頷く。
たしかに先ほどの の打ち込みの音は異質だった。
前のタマの素早い打ち込みをパァンッという音で表現するならば、 のはさしずめズドンッといった感じだろうか。

「ちなみに竹刀だから痣ですんだが、木刀とかその辺の棒っきれなら骨が折れるぞー」

「げ!? そ、そんなに危険なんですか?」

「こわ〜」

「あくまでも がやれば、だ。お前達の中でそれが今出来るとしたら、多分タマくらいだろうけどな」

「まぁそれはともかく。川添さん?」

話題が自分から丁度タマに移ったところで は少々強引に話に割り込んだ。

「さっきキリノ達から聞いたけど、なんか今だけ仮入部なんだって?」

「あ、そうだそうだ。で、タマちゃんどう? これからも一緒に剣道しない?」

「え? あ? そ、その……

がタマに聞いた事で当初の目的を思い出したキリノ。
ここぞとばかりに猛アタックする。

「あの外山君、たぶんまたいつか戻ってくるよ。ウチには 君がいるけど、でも一人じゃ限界がある」

「別にあれくら……

「だから! タマちゃんには 君と一緒にウチのヒーローになってほしいのっ!」

の言葉を遮るようにキリノはそう言うと膝をついてタマの手を握る。
それはまるでヒーローに助けを求めるよう。
その姿に心を動かされるタマは、ちらっと視線を に向けた。
がタマにみせた剣道は、タマが母親と父親から教わったものとはまったくの別物だった。
自分の知らない剣道には強く興味を惹かれるし、 とならヒーローにもなれそうな気がする。
の剣道は、悪と正面から戦って勝てる正義の剣のようにタマには見えた。
そしてタマの出した結論は……

「どれくらいになるかわかりませんけど、よろしくお願いします」










翌朝、タマの自転車には防具袋と竹刀袋が括りつけられていた。

「いってきます」

家を出ようとするタマのその自転車に、掃き掃除をしていた父親が気付いた。

「タマキ、それは……

「はい?」

呼び止められて首を傾げたタマは、父親が自転車の後ろの荷物の事について聞いているのだと気付く。

「あ……剣道部に入りました」

それだけ告げてまた自転車を押し始めたタマに父親は嬉しそうに、

「友達が出来たのか先生に進められたのか……やる気がおきたのは良かった」

と微笑む。
しかし、そんな父親の言葉を聞いていたタマは、自転車にブレーキをかけて立ち止まる。
そしてゆっくりと振り返ると、タマは自身と正義感に溢れた眼を輝かせて言い放った。

「悪から正義を護る為……それと、強い人に……会ったから」

の、自分のとは異なった絶対的な強さを持った剣道を思い出すタマ。
あの剣道は、たぶん昔父親が言っていた「剣道ではなくなったもの」なんだろう。
自分は母親から受け継いだ自分の剣道を捨てる気はないが、あの剣は見ていてワクワクする。
まるで特撮ヒーローショーを見ているような。

「では、いってきます」

だから、タマは剣道部であの剣を近くで見たくなった。
そしてあの剣と、悪を滅ぼす正義になるんだと心に誓っていた。










「大会はまだかなぁ。……あ、そういえばキリノってたしか仲のいい友達がいたと思ったけど、何処いったんだろ?」










たとえ 本人にそんな気などまったくなくても。








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