「……おい」

「あ、おかえり くん。もう晩御飯の用意出来てるわよ」

「……だから」

「わたしの分も一緒に作っちゃったけど、いいわよね? 折角お隣なんだから、一緒に食べさせてね?」

「…………朝倉」

「それとも先にお風呂にする? もう用意出来てるよ? あ、後でわたしも入らせてね?」

「そうじゃなくてな、朝倉」

「ん? なあに?」

「お前、なんで俺の部屋にいるんだ?」













わたし、朝倉涼子が情報連結解除、つまり人間で言うところの“死”に直面した日から数日。
わたしは今、その“死”から、まあ結果的に救ってくれたクラスメートの霊能力者、 くんの管理するアパートで、人間として生活してます。
う〜ん、やっぱり霊能力者って言うの抵抗あるなぁ。

「いや、そんなモノローグは別にいい。さっさと俺の部屋にいる理由を教えてくれる? それと、俺が霊能力者というのが気に食わないなら別にそれはそれでいい」

ふふっ。融通利かないなあ。
すぐに聞き出そうとする くんを宥めて、とりあえず晩御飯を食べながら話をさせてもらう。
あれ? おかしいなあ。前作ったときもこんな味だったっけ? 上手くなったのかな? そんなわけないか。
でも、今はそれよりも くんよね。

「そんな事言われても…… くんの所為でもあるんだよ?」

「は?」

驚いてる くん。黙々と食べていたお箸もとまっちゃった。
まあそうだろうなあ。自分の所為で自分の部屋に勝手に入られたって言われても、まあ平均的な人間なら分からないと思う。

「だって文無しで身寄りもないわたしから家賃取るっていうし」

わたしはそう言って、ちょっと唇と尖らせる。
これは“不貞腐れる”って表情で、今のわたしの心理的状況、“気持ち”を表すのには適切だと思う。
でも くんはそんなわたしに、

「いや、当然だろ? 衣食住には金が掛かる。普通の人間なら知ってる事だよ。むしろ人間として正当に扱っているつもりだけど?」

って、苦笑いしながら、でも当然でしょって言ってるみたいに笑う。
あ……そうだったんだ。なんでか分からないけど嬉しいなあ。

「い、いや……別に」

あ、テレてる。なんか子供っぽくて可愛いけど、なんでテレるの?

「そ、それよりっ。なんで朝倉が俺の部屋に勝手に入ってるのかって事だっ。っていうかどうやって入った?」

「この前お邪魔した時そこに仕舞ってあった合鍵をもらったの」

わたしの部屋の鍵もそこから出してたから、そこに全部の部屋の鍵が入ってるのかなあって。
同機出来ないって不便なんだなあ。ちょっと前ならすぐ開けられたのに。
あ、そんな呆れたみたいな溜め息つかないでよ。ちゃんと理由があるんだから。

「……なんで?」

「わたしね、考えたの。家賃を月一万五千円にしてもらったのはすっごく助かるんだけどね? 電気代とかガスとか水道とか、生命活動維持に必要な料金は別に掛かるわけじゃない?」

「……まあね」

「食事も摂らないといけないし、それを全部含めると結構な額になっちゃうのよねえ」

思わず溜め息をついちゃったわたしをみて、また苦笑いしてる くん。
なんで笑われるのか分からないけど、でもホントに笑い事じゃないんだから。

「食事の費用は、自分が摂取するわけだから仕方ないとしても、どうにか節約しないと学生生活に影響してきちゃうし。それでね、気がついたのよ。 くんも同じように生活してるんだって」

わたしの説明を聞きながら、もう完全に食事を止めちゃった くん。
でもまだわたしがなんで くんの部屋に入ったのかは分からないみたい。
わたしは説明を続けた。

「このアパートの家賃は通常月六万円。アパートは十部屋。内一部屋を くんが、もう一部屋をわたしが使っていて残り八部屋。全部の部屋に住人がいるから、そこからはきちんと家賃を貰っていると考えると、 くんの月収は四十八万円。納税とかいろいろあるでしょうけど、あなた自身は家賃は必要ないんだから、この国の平均収入と比較するとかなり裕福な部類に入るわよね?」

「……まあ、これだけで一生働かなくても暮らしていけるくらいだとは自覚してる」

あ、よかった。そこの認識は間違ってなかったんだ。
間違ってたらわたし、 くんに余計な迷惑かけちゃうから。

「いや、勝手に部屋に入るのは迷惑かけてるとか思わないのか?」

「え? 帰ったら女の子が待ってるのって、男の子にとっては嬉しいんじゃないの?」

わたしが本で得た人間の男女関係の知識では、たしかにそうだったんだけどなあ?
う〜ん。 くん疲れた顔してるし、わたし何か間違ったみたいね。

「いや、もうそれはいいから……結論を言ってくれ」

あ、そう?

「それじゃあ……わたし、部屋の掃除とか食事の支度とか雑用するからさ。だから食事とお風呂、こっちでさせてくれないかな?」

「…………………………は?」

くん、箸落しちゃった。
まあびっくりするのも当然だよね。

「もちろん、それ以外はちゃんと自分の部屋で生活するわよ? でも料理とお風呂のガス代だけでも節約させて? くんのついでだし、そんなに負担にはならないでしょ?」

「……何で俺がそこまでしないといけないんだ。家賃四分の一にしてやったじゃ……」

「おねがい♪」













女の子って便利よね?

「……くそ」

次の日の朝、わたしは くんの部屋のキッチンに、 くんが起きる一時間前に入って料理してます。
起きてきて早々キッチンでわたしを見た くんの第一声がいまの。
ちょっと寝癖のついた頭乱暴に掻きながらボソッと呟いた くんに、わたしの口元が自然に引きつるように釣り上がる。

「……何笑ってんの」

「え? わたし笑ってた?」

笑顔を作ったつもりはなかったんだけど。
やっぱり、感情って分からないなあ。
わたしにもちゃんとあるのは分かってるんだけど、イマイチ思考と上手く連結しないっていうか、そもそも自分の思考が思い通りにならないのよねえ。
統合思念体と同機出来たときは利用してた“感情”と、それを現す“表情”を、今のわたしは持て余してる。

「……慣れりゃいいでしょ。今の朝倉は赤ん坊みたいなもんだし、精々戸惑って、気分が悪くなったら泣くでも喚くでもすればいい。制御出来ないのにいつまでも無理して前みたいにいつでも笑顔で誰にでも好かれる奴でいようとしたら、そのうち壊れるよ?」

気休めのような くんの一言が、なんでか分からないけど嬉しかった。

「ありがとね」

「……着替えてくるから、飯よろしく」

居心地悪そうに頬を掻いて寝室に戻る くん。
でもわたしにご飯頼んだってことは……

「昨日頼んだ事、認めてくれたのかな」












「朝倉さんおはよ〜」

「涼子ちゃんおはよっ」

学校では皆、そうする事が自然な事みたいにわたしに声をかけてくる。
まあ、ちょっと前までそうなるように自分の行動を調整してたんだから、当たり前かな。
あ、キョンくんだ。

「おはよう、キョンくん」

「っ…朝倉……おはよう」

もうっ。いい加減そろそろ許してよ。
わたしだって別に自分の意思であなたを殺そうとしたんじゃないんだから。

「そう言われてもな。実際にナイフ突きつけられた経験は軽くトラウマになっちまってる。頭じゃお前がもう俺をどうこうする力も理由もないとは分かってるんだがな」

「……そっか」

ちょっと申し訳なさそうな顔でわたしにそう言ったキョンくん。
たしかにナイフ突きつけちゃったのはわたしだし、これくらいはしょうがないのかな。

「長門とか がお前と一緒の時はそうでもないんだけどな」

「ん? 呼んだ?」

うん。じゃあこれで大丈夫よね?

……おはようさん」

あ。それってあれだよね? 長門さんとか くんがいたら〜っていうの、嘘って事だよね?
なんか今、しまった、みたいな顔してたし。

「……悪い」

「何? なんか俺がいたら不味いの? 席外そうか?」

「いや、むしろいてくれたほうがありがたい」

わたしもそのほうが嬉しいな。
くんがいればとりあえず普通に接してくれるってキョンくん言ってたし。
もう今更前言撤回とかしないよね?

「そう? それじゃあお邪魔するよ」

どうぞどうぞ。

「……お前等、なんか昨日の今日で随分仲良くないか?」

あ、失礼な。

「わたし元々 くんとは仲悪くないよ?」

「っていうよりも朝倉と仲悪い奴なんてホントに極少数だろ?」

「……まぁそうか」

あ、そこはすんなり納得するんだ?
まぁ私はそういう人間としてここに入り込んでるんだから、そう思っててもらわないと困るんだけど。
それはそうと……

「それに、さっきの話だけど……私もう、普通の人間とほとんど変わらないんだよ? そんな私をいつまでも怖がってたってしょうがないと思わない?」

「確かに、時間の無駄だよキョン。昨日までの朝倉がどうであろうと、今日からの朝倉はただのちょっとお節介で人当たりがいい同級生だ。さっさと警戒心なんか取っ払わないとすぐに気疲れして倒れるよ?」

あ、お節介って言った!

「間違ってないだろ? なんなら見かけによらず結構強引とでも付け加えようか?」

む〜……いじわる。
私があんまり強く出られないの分かってるでしょ、 君。
私だって、一緒に住ませてもらって部屋にも出入りさせてもらったりしてるんだから、お世話になってるって認識くらいあるんだよ?

「っ!? あ、朝倉っ!?」

一緒にご飯も食べさせてもらうし、お風呂だって使わせてもらって……本当に私、 君がいなかったら生きていけない(生命活動を維持できない)んだから……あら?

「………… …………お前」

「……言いたい事はなんとなく分からないでもないけど……誤解だよ?」

「…………それを信じろ、と?」

「流れ的に無理なのは重々承知だけど、でも本当に誤解だから信じて」

「何が誤解なの? 私、本当に今 君にいなくなられたら生きていけないんだけどなぁ」

何も嘘は言っていないわよね、私?
キョン君は一体何を誤認識しているというのかしら?

「……色っぽい展開は何もない。朝倉の言葉は全部“ただ事実のみ”を語った言葉だよ、キョン」

? なにそれ? 当然の事でしょ?
私、嘘なんかついてないわよ?

「…………あぁ…………なるほど、そういう事か」

なに? なんでキョン君はそれで納得するの?

「つまり朝倉の言葉は、比喩じゃなくて事実。そういう事だろ?」

「そういう事」

??? 比喩?
私のさっきの言葉が比喩だとするとどういう意味になるの?
そんなのは私の知識にはないのだけれど?

「……すまん朝倉。俺にはそれをお前に説明してやれない」

「……トラウマになってるのは分かってるけど、意地悪しなくたっていいじゃない」

なんだろう。視界と胸の中にフィルターがかかったみたいに霞んでいく。
ちょっと……痛い、かな。

「うっ!? ……い、いや、そうじゃなくてただ俺にそれを言葉にするだけど度胸が……お、おい 、お前はどうなんだよ?」

「お、俺? ……それ、俺が口にしたら無茶苦茶馬鹿みたいじゃないか?」

「た、確かにそうだが……でも朝倉の為だろうが」

わ、私の為?
君が言ってくれたほうが、私の為って事なのかしら?
それでキョン君は自分で言わないって事?

「い、いや、それもちょっと違うんだが……」

「……朝倉ってこんな勘違い娘だったか?」

むぅ……なにその勘違い娘って。
せめて思考に柔軟性がないとか言って欲しいなぁ。

「……そうかい」

「……結局同じ意味だろ」

そうなんだろうけど。
……あれ? なんか、いつの間にかさっきのフィルターみたいなのがなくなってる?

「で、結局さっきの私の疑問には誰が答えてくれるの?」

何故だか分からないけどすっきりしたし、早く教えてくれないかしら。

「「……そ、それは……」」

……なに? 二人で顔見合わせて。
そんなに二人の口から私には言いにくい事なの?
なら、しょうがないか。

「いいわ。もう授業も始まるし、後で誰かに聞いてみる」















それで結局、次の休み時間に斜め前の剣持さんに聞いてみたの。

“この人なしでは生きていけない”

って言うの、比喩としてはどういう意味なのかって。
そうしたら……

「え、え? な、なんで私にそんな事……朝倉さんだって分かるでしょ?」

……そんな簡単な事なの?

「それって……その人の事心から愛してて、その人がいなくなったらもう生きる気がしない、って事……だよね?」

…………………………え?
そ、それってつまり私…………そ、そんな事 君に言っちゃったの?
し、しかもキョン君が聞いてる所で?
そ、それは 君だって言いづらいわよね。

「……え? あ、朝倉さんそれ 君に……?」

……あ、聞こえちゃった?

「だ、大丈夫だよ朝倉さん。私、誰にも言わないから」

え? け、剣持さん?

「……いっちゃった」

剣持さん、顔真っ赤にして教室を飛び出しちゃった。
でもまぁ確かに、それじゃあ 君が直接私に教えてくれないはずだよね。
だって……当事者なんだし。
でも、なんだろう。
君がそこでなんの躊躇いもなく私にそれを教えてくれてたらって考えると、少し…………あ、そうか。これが“寂しい”“悲しい”って事なのかな。
だって、 君が少しテレながら私にそれをいう事を躊躇してくれた時を思い出すと込み上げるこの真逆の感情は、私理解出来るから。
そう、これは……

「嬉しい、だったよね」


inserted by FC2 system